第28話 交わる視線と、次の一歩
動き続けることで、見えてくるものがある。
気づく瞬間は、ふとした静けさの中に訪れるのかもしれない。
訓練場の空気が、徐々に夕暮れ色に染まり始めていた。
魔力操作の実地訓練を終えたシアンは、肩で息をしながら水筒を手に取る。
「はあ……疲れた……」
思ったより、体力も集中力も使っていた。
自分の魔力の流れを制御するのは、まだまだ荒くて、改善の余地しかなかった。
視線を感じて振り向くと、ロアスが木陰から歩いてくる。
「お前、最後まで見てたのかよ」
返事はないが、近くの石にちょこんと座ると、ロアスは尾をふわりと揺らした。
その仕草に、どこか「やればできる」とでも言いたげな雰囲気がある。
「……バカにしてんのか? まあ、当たったしな。ちょっとだけな」
そう言いながら、シアンは笑った。
ロアスが自分の横に並ぶ。
ふと、その額に光る角の先に、淡い結晶の輝きが見えた。
「魔力の流れ、ちょっと変わったかもしれない。契約してから、少しだけ扱いやすくなった気がするんだ」
ぽつりと呟いた言葉に、ロアスがほんの少しだけ首を傾けた。
「お前さ、何ができるとか教えてくれって言ったけど……」
そこまで言いかけて、シアンは自分のステータスウィンドウを開いた。
自分の変化、ロアスとの繋がり。それらを実感しながら、軽く息を吐く。
「……ありがとな」
ロアスは相変わらず何も言わない。
けれど、そっとその足元に結晶がひとつ、転がるようにして出現した。
小さな、けれど澄んだ光。
それが何を意味するかはわからない。
ただ、不思議と胸の中が、ほんのり温かくなるような気がした。
◆
「よう、戻ったか。ギルドへ寄っていくか?」
街の中心部へと戻ったシアンに、街路で声をかけたのは、昼間と同じ教官NPCのアリオスだった。
どうやら、シアンが迷わずギルドへ向かうことを読んでいたらしい。
ギルドの前では、数人のプレイヤーが賑やかに会話していた。
だが、その中心にいるロアスの姿に気づき、ひそひそと声が漏れる。
「……あれ、幻獣じゃないか?」
「テイマー系? 今じゃレアだよな」
(……目立つなあ)
多少の注目は覚悟していたが、これほどとは思っていなかった。
そっと受付へと足を運び、窓口の女性NPCに声をかける。
「依頼を一件、受けたいんだけど」
「あら、どうぞ。こちらに掲載されているものの中からお選びくださいね」
差し出された板のスクロールには、街近くでの素材収集や配達系の依頼が並んでいた。
(このあたりが無難かな)
そう思いながら指さしたのは、街のパン屋に材料を届けるという依頼。
報酬に、パンのレシピがついてくると書かれていた。
「では、こちらの依頼をお渡しいたしますね。無理はなさらぬように」
「……うん。ありがとう」
依頼書を受け取りながら、心のどこかでふと、楽しみが広がっていくのを感じていた。
料理、魔法、幻獣。
それらを少しずつ、自分の中に取り込んで、育てていく。
旅の形は、決まっていない。
だからこそ、面白い。
気づけば、小さな変化が、歩みの中に積み重なっていた。
焦らず、少しずつ。自分だけの軌跡を描いていけたらいい。




