第27話 静かな視線と、揺れる魔力の糸
何かが少しずつ変わっていく気がする。けれど、その変化にまだ気づききれていない。
だからこそ、今日も前を向いて歩いていく。
木製の杭に囲まれた訓練場は、街の裏手の小高い丘にあった。
手入れは行き届いており、地面は適度に締まっていて、練習にはもってこいの場所だった。
教官NPCの男性──アリオス教官と名乗ったその人は、静かにフィールドの中央に立ち、魔法陣のようなものを描いた。
「魔力操作の実地訓練では、まず“動く的”に魔法を正確に当てることを目標とします。氷魔法で構いません。いつも通り、撃ってみてください」
シアンは深呼吸して、右手を構えた。
氷魔法。
低レベルでも発動が早く、魔力消費が少ない初心者向けの攻撃魔法。
──放った。
しかし。
「……動くとこんなに当たらないのか」
飛び出した標的は、ゴーレムのような無機質な魔法標的。それが一定の間隔で左右にステップを踏む。
氷の弾は、そのわずかなズレに翻弄されて、命中しない。
(見てから撃ってたら間に合わない。軌道を読んで撃たないと)
次の瞬間、地面に走った感覚に、シアンは目を見開いた。
──魔力の消費量が、思ったより少ない。
(あれ? 前より……減り方が違う?)
たしかに、自分は魔力操作の訓練を始めたばかり。
けれど、昨日までより魔力の流れが滑らかで、反動も少ない。
──まさか、契約の影響?
そう思ったとき、フィールドの外、木陰に座ってこちらをじっと見ている白い影に気づいた。
ロアス。
契約したばかりの、氷属性の幻獣。
その双眸には、どこか試すような、あるいは安心して見守るような色が浮かんでいた。
(……何考えてんだよ、お前)
口に出さずにそう思いながら、シアンは再び構えを取った。
今度は魔力をできるだけ指先に集中させ、腕の軌道を調整する。
右斜めに跳ねるゴーレムを読み、先を撃つように意識を逸らす。
《アイスショット》
ピシッ。
氷弾が、ゴーレムの肩口をかすめた。命中。
「いい反応です。その調子で、数をこなしていきましょう」
アリオス教官の声が響いた。
(……これは、思ってたよりずっと難しい)
“魔法を撃つ”だけなら、覚えたてのスキルで誰でもできる。
だが、“動く相手に当てる”というのは別次元の技術だった。
しばらくして、魔力が底を突く前に休憩が入った。
シアンは額の汗を拭い、肩越しにロアスを見る。
「……少しはマシに見えたか?」
返事はない。だが、ロアスの尻尾がひとつ、ゆっくりと揺れた。
ゆっくり、けれど確かに。
何かが積み上がっていく音がした気がした。
明日もまた、新しい一歩を。




