第24話 パンを焼いて、噴水のそばで
初めてのパン作り。
焼きたてを持って、今日はゆっくりと過ごしてみようと思う。
……だけど、誰かと分け合いたいと思ったのは、たぶん、はじめてだった。
手に入れたレシピカードを確認しながら、シアンは調理台に立っていた。
【レシピ:基本のパン】
・小麦粉 ×3
・水 ×1
・塩 ×1
・火力調整:中温(手動)
手順に従って生地を捏ね、発酵時間を待ち、石窯でじっくりと焼き上げる。
やがて、部屋中に香ばしい匂いが広がった。
「……うまく、できたか?」
取り出したパンは、見事な焼き上がりだった。
ステータスウィンドウには、こう表示されていた。
【スキル:焼きたてパン(保存可能)】を習得しました。
そのまま包みを整え、シアンは街の外れにある噴水へと向かった。
街の中心から少し外れたその場所は、NPCの行き交いも少なく、静かだった。
ベンチに腰掛け、焼きたてのパンを一口。
「……うまい。これなら、誰かに食わせても恥ずかしくないな」
その時だった。
ふと感じる気配。
視線――空気が、わずかに揺れた。
「……来てたのか」
ベンチのすぐ脇に、あの姿が現れる。
白銀の毛並み、鋭い瞳、静かな佇まい。
「街の中って、モンスターは入れない仕様じゃなかったか……?」
けれど、シアンは気づいていた。
この結晶がある限り、“彼”には街の外れのような【低セキュリティエリア】に一時的に現れることが可能なのだと。
つまり――
【条件を満たした一部の幻獣は、結晶保持者の近くに限り、一時的に街エリアへ侵入可能】
静かに現れたロアスに、シアンはパンを差し出す。
「……食うか?」
ロアスは少し躊躇した後、おそるおそるパンを咥えた。
ふわりと尻尾が揺れ、氷の結晶が一瞬だけ舞う。
「……そうか、美味いか」
シアンは微かに笑い、小さく問いかける。
「……なあ、友達になるか?」
一瞬、時が止まったように感じられた。
ロアスはシアンをじっと見つめる。
そして、首をかすかに――確かに、縦に振った。
【テイマースキル:契約(氷属性)を取得しました】
風が吹き、街の夕暮れがふたりを優しく包んでいく。
はじめての“契約”は、とても静かで、穏やかだった。
ただパンを分け合っただけなのに――それだけで、ちゃんと伝わっていた気がする。
ロアス。
あの視線と、氷の結晶と、さっきのうなずき。
全部が、信じられないくらい大事に思えた。
明日から、また少し世界が変わるかもしれない。
でも今は、ただ――ありがとうって、伝えたくなる。




