第21話 野営と、氷の中の保存食
帰り道の丘で、小さな焚き火と夕ご飯。
冒険とスローライフは背中合わせ。
そして、結晶の中でまた“誰か”が目を覚ましていた。
「ここなら、風も少しはましか」
風の丘を下った、草原のくぼ地にシアンは腰を下ろした。
持ち歩いていたクラフト用のマットと、小さな鍋。
フィールドでの“野営”は、これが初めてだった。
戦闘で疲れた身体を休めるためにも、温かい食事が欲しい。
彼は《料理スキルLv1》を開き、食材リストを確認。
そして《保存済み:ラビット肉のハーブソテー》を選択した。
>【保存品質:やや低下】
>【腐敗まで残り:3時間】
(やっぱり、持ち歩いてるだけじゃダメか……)
風が吹くたびに、遠くで草が揺れる音。
それを聞きながら、結晶に視線を落とす。
「――そろそろ、試してみるか」
氷魔法と料理スキルの掛け合わせから派生した新スキル。
【新スキル獲得:氷結保存Lv1】
保存中の食材・料理を氷魔法で包み、一時的に劣化を防ぎます
シアンは手をかざすと、静かに冷気を纏わせた。
指先から放たれる魔力が、保存アイテムへと染み込んでいく。
料理の表面に、薄く氷の膜が張る。
「……これなら、もう少し持つだろう」
彼は焚き火を囲んで一人、食事を始める。
けれど――また“視線”を感じた。
草むらの向こう。
風の音に紛れるように、気配が漂っていた。
「……また君か」
そっとポーチから取り出した結晶は、かすかに震えている。
それでも、ロアスは現れなかった。
代わりに、結晶の奥で淡い光がゆっくり瞬いた。
“ここにいる”とでも言うように。
シアンは少しだけ微笑むと、残りの肉を串に刺して火にくべた。
「……もう一人前、焼いておこうか」
答えはなかったけれど、風の温度が少しだけ変わった気がした。
今回は、シアンの初めての野営と、
新スキル《氷結保存》の登場を描きました。
戦うだけじゃない、こうした“静かな時間”があることで
彼の生活と性格がじわりと伝わっていく……そんなイメージで書いています。
そして、結晶の震え=ロアスの気配。
まだ名前も呼べない距離感ですが、「誰かが見ている」温度を少しずつ育てていきます。




