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第20話 最大の廃墟群

 その廃墟は、まさに「圧倒的」な存在感をたたえていた。


 岩手県の盛岡市街地から、約1時間ほど。


 山の中に突如、現れたそれは、巨大な鉄筋コンクリートのアパート群だった。


 しかも、窓という窓が、枠だけを残して無くなっている。これが不気味で、まるで戦争で吹き飛んだ跡のようにも見える。


 ぽっかりと空いた、不気味な黒い穴が無数に広がっており、山の中腹に整然と列をなして並ぶ巨大な鉄筋コンクリートのアパート群。それがこの松尾銅山廃墟群だった。


「これは、想像以上にすごいな」

 スマホのカメラを構えた、万里香がいつになく感嘆の声を上げて、熱心に写真を撮っていた。


「ほえー。こんな廃墟、見たことないです」

 菜々子が、変な声を上げて、写真を撮るのを忘れたかのように、見入っていた。


 歩きながら、美希は、この中で、一番事情に詳しそうな彼女に問いかける。

「ここはどういう経緯で、造られたの?」


 そして、やはり一番詳しくて、恐らく調べてきたのであろう、万里香が応じていた。


「19世紀末から、1969年まで、松尾村と呼ばれたこの辺りに、栄えた鉱山の跡だ。最盛期には1万3000人以上の住人が住んでいた。当時は珍しい水洗トイレ、セントラルヒーティング、学校、病院、映画館まであり、『雲上の楽園』と呼ばれたそうだ」

 彼女の説明通り、美希がインターネットで調べると、出るわ出るわ、情報が。


 19世紀末から1969年の、松尾鉱業の倒産まで、主に硫黄鉱山として栄えたそうで、「東洋一の硫黄鉱山」だったという。


 ただし、鉱山には付き物の、落盤事故や、亜硫酸ガスの発生事故により、多数の死者が出たという。


 一時は日本の硫黄生産の30%、黄鉄鉱の15%を占め、東洋一の産出量を誇ったが、やがて高度経済成長期に入ると、その硫黄自体が亜硫酸ガスによる四日市ぜんそくなどの、深刻化する大気汚染防止のため、石油精製工場において脱硫装置の設置が義務付けられたらしい。


 それによって、脱硫工程の副生成物である硫黄の生産が活発化し、硫黄鉱石の需要は完全になくなっていった。


 1969年。ここを仕切っていた松尾鉱業が倒産、1972年には完全に閉山となる。


 しかし、閉山直後から基準の80倍を超えるヒ素を含む強酸性の排水が問題視されたという。


 以上が、美希が調べた結果、わかったことだった。


 標高900mを誇る、山中に突如、出現する、巨大な鉄筋コンクリートのアパート群。


 今は、それだけが無残に残され、木々に侵食され、次第に自然にかえろうとしていた。


 薄曇りで、今にも雨が降りそうな中、彼女たち、特に万里香がなかなか動こうとしなかった。


「あとちょっと」

 と言いながら、熱心に写真を撮り続けていた。


 一方、さすがに飽きてきたのか、菜々子が笑顔で美希に話しかけてきた。

「すごいですね。でも、こういう鉱山の跡って、実は日本中にあるんですよね」


「そうなの?」


「はい。北海道には、多くの鉱山跡がありますし、長崎県には有名な軍艦島もありますし」


「いつか行ってみたいな」

 写真を撮りながらも、耳だけ向けて、万里香が口を開いていた。


「行きたいって、北海道に長崎県だよ。その小さなバイクじゃ無理じゃない?」

 美希が、嘆息したように反論するが、万里香は少しもひるまなかった。


「道があればどこまでも行ける。それがバイクだ。もちろん、中型、大型で行った方が楽だけどな」

 万里香が本気で、このグロムで海を渡って北海道や長崎県まで行くのか、それともやがて中型か大型に乗り換えて、行くのか。


 美希にはどちらなのか、知る由もなかったが、

(本気で小型バイクで行きそう)

 と、美希自体は、思っていた。


 彼女なら、どんな困難も乗り越えて、一人で日本中の廃墟に行きそうな気配がある。


 一通り、午前中を費やして、この巨大な廃墟群を見て回った彼女たち。


 しかし、見上げる空と、彼方に見える、八幡平の山々が、すでに濃い雲に覆われていた。


 天気予報ではこの後、雨予報だった。


「仕方がない。ちょっと寄り道してから帰るか」

 唐突に言い出した、万里香の一言。


 それが、彼女たちをさらなる、廃墟へと導くことになろうとは、この時、誰も思っていなかった。


 万里香のグロムが動き出す。


 行き先は、雨雲レーダーを避けるように、東へ向かっていた。その先にあったのは、太平洋だ。

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