第七回 10
熙鳳は房に戻ってしまうと、頭を抱えながら卓子にうつ伏した。
「奶奶!」
豊児が駆け寄ろうとするのに、平児はさっとそれを押しとどめ、熙鳳に白湯を差し出した。
熙鳳はそれをゆっくりと飲みほしてしまうと、豊児に、
「珍の大嫂子に明日お会いしたいとお伝えしてきて」
豊児にそう命じると、目の前には平児が白湯をもう一椀捧げ持つように控えていた。
灯がすっかりともってしまうころ、熙鳳は化粧を落とした顔のまま、王夫人へ夜の挨拶に来て言った。
「今日、甄家からお届けがあったので受け取りをいたしました。あちらの年末用の船が出るそうですから、その船にお返しをお持ちします」
王夫人はまなこをこすりながらうなずいた。熙鳳はさらに続ける。
「臨安伯の老太太のご生誕祝いの品も用意できておりますが、誰に運ばせましょう?」
王夫人は言った。
「暇そうな誰かを四人ほど連れて行けばいいでしょう。そんなことまでいちいち私に断るほどのことじゃないわ」
熙鳳は微笑みながら言う。
「今日は珍の大嫂子が来られて、明日うちに遊びにいらっしゃいとお誘いいただきました」
王夫人の目を見ながら付け加える。
「明日は特にこれといった予定もございません」
王夫人はあくびをしながら言った。
「用事があろうとあるまいと問題ありませんよ。いつもあちらからお招きいただくときは、私たちが一緒だからあなたもくつろげないでしょう。今回はあなただけを誘っているのだから、あちらでゆっくりしてほしいというお心づかいですよ。そのお気持ちをむげにしないよう、ぜひ行ってきなさい」
熙鳳は「はい」と返事をして下がった。
その後、李紈、迎春、探春たちが挨拶に来て、この日の定省がすっかり済んでしまうと、栄国府の長い一日は終わりを告げた。
翌日、王熙鳳は身支度を整えてしまうと、王夫人に軽く挨拶をすませ、賈母のところへ向かった。
「今日は寧府よりお招きにあずかったため、あちらにうかがいます。今日は太太がいらっしゃらないので、粗相のないよう気をつけてまいります」
とさしさわりのない挨拶をすませてしまうと、そのまま下がろうとした。
そのとき、扉を開けて入ってきたのは宝玉だった。
「鳳姐姐、今からどこへ行こうとしているの?」
熙鳳は賈母をちらりと見やり、宝玉へ言った。
「寧府へお招きにあずかったのよ」
「ふぅん」
宝玉は少し考えこむと。
「ぼくも着いていっていい?」
と聞いた。王熙鳳の眉間に少ししわが寄る。
「今日は私が招かれたのよ。連れていくことはできないわ」
「誰も連れて行っちゃいけないって言われたの?」
「……そうじゃないけど」
「連れてっておやり!」
頭上から響くような声がした。賈母が熙鳳を見下ろしている。
「宝玉一人連れていくくらい、邪魔になることはないだろう?」
栄府の主にさからうことはできない。王熙鳳はしぶしぶ「はい」と返事をし、賈母のもとを後にした。
栄府の門を出てしまうと、王熙鳳は宝玉に言った。
「おとなしくしておくのよ」
「はい」
そう宝玉が歯を見せるのに、熙鳳は大きくため息をついた。




