第七回 9
「蓉小大爺がお着きになっています」
日がすっかり暮れてしまってから、豊児が熙鳳にうやうやしく伝えた。
「お茶を用意して、東の房へお迎えしなさい」
と熙鳳が言うと、豊児ははい、と返事をしてから下がった。
入れ替わりに平児がそばに来、
「周の姐姐が娘婿のことでお話があるとのことでした」
と伝える。
「あなた、人相がひどく悪くなっているわよ。何があったのか分からないけれど、誰が見ているか分からないから少し気をつけなさい」
「……はい」
平児は唇の端を噛みしめながらうつむいた。
「あの人が持ってくることなんてどうせ些細なことでしょう。悪いけど平児、あなたがいったん聞き取ってきて。私は今から蓉ちゃんとお話があるから」
「分かりました」
この、襲人とは違った意味で優秀すぎる丫鬟はすぐに顔をいつもの鉄面皮に戻し、きびきびした姿勢で下がっていった。
賈蓉はあいかわらずにこにこと屈託のない笑顔を浮かべ、王熙鳳の前に腰かけていた。
「蓉ちゃん、何か今日変わったことに気づいた?」
「変わったこと?」
賈蓉は微笑みを絶やさぬまま反問した。
熙鳳は大きくため息をつく。
「あなたもそろそろよい歳なんだから、いつまでもねんねのままじゃだめよ。秦の奶奶の髪飾りに気づかなかったの?」
「髪飾り?」
賈蓉はきょとんとしている。
熙鳳はもう一度ため息をついた。すると、すぐ傍に控えている平児が横目に見えた。
「ちょっと待っててね。蓉ちゃん」
そう言うと、平児に
「何の用だった?」
と聞く。平児は苦い表情になりながら、
「娘婿が骨董品の売買のことで訴訟になったということでした。それで二の奶奶にどうにかお願いをしたいと」
熙鳳はうなずきながら、聞く。
「娘婿?」
「冷子興とかいう小人です。なんでも白磁の壺を宋代の官窯と偽って売ったとか」
「売りつけた金額の倍額で贖いなさい。奥の抽斗に銀子が入っていたはずだからそれを姐姐に渡して」
平児は一礼して下がっていく。
「蓉ちゃん、ごめんね」
「いえ、鳳の姐姐には昼間屛風を貸していただきましたから。おかげで父上に叱られずに……」
そう言うと、賈蓉は考えこむ。
「どうしたの?」
「いえ。ありましたよ。変なこと」
「何?」
「父上が老爺爺のところにご挨拶に向かわれたのです。明日まで老爺爺の邸へ滞在されるとのことでした。珍しいこともあることだと思いまして」
「おばかさん! 早く寧府へ帰りなさい!」
王熙鳳が叫ぶ。
賈蓉はまた目を丸くした。さすがに笑いが薄くなっている。
「明日は来客があるはずじゃなかったの?」
豊児は驚いて戻ってきた平児に尋ねる。
平児は渋面をつくって豊児に耳打ちした。豊児は顔を赤くしてうつむいた。
「さあ、早く。早く。門のところまで送ってあげるから」
急かすように賈蓉を送り出すと、門のところで賈蓉の手をとって言った。
「秦の奶奶を守ってあげるのよ。守ってあげられるのは蓉ちゃんしかいないんだから」
賈蓉は分かったのか分からないのか、いつもの微笑みで帰っていく。王熙鳳はため息をつき、小丫鬟に門を閉めさせた。
その一部始終を草叢から見ていた男がいた。男は懐の安酒を飲みほしてしまうと、竹筒を地面へたたきつけた。




