第七回 7
周のおかみはようやく賈母のいる方へ吹き抜けの廊下を歩き始めた。ふと顔をあげるとおかみの娘が身なりを整えて向こうから歩いてくるのが見える。
周のおかみは慌てて肩に手をかけながら声をかけた。
「ちょっとあんた、こんな時分に何の用?」
娘は強張った笑いをつくって言った。
「お母さん、調子はどう?」
周のおかみは高らかに笑う。
「なんだい、それは。私の問いにまったく答えてないじゃないか。もう一度聞くよ。あんた、何か用があるんだろ?」
「家でずっと待っていたのよ。あんまり遅いもんだから、先に賈母にご挨拶をすませて、今から太太にご挨拶に行こうとしていたところだったの」
娘は母親と目を合わせると薄く笑った。
「お母さんこそ何かあるって顔に描いてあるわ」
そう言われたことで、今日一日の周のおかみの不満が堰を切ったようにあふれ出てきた。
「そのとおりだよ、今日は本当についてない。劉ばあさんって人が来てさ、午すぎまで走り回るはめになっちまったんだよ。そうしたら今度は薛の太太に見つかっちまって。この函のなかの花を姑娘方に届けるように言われて、まだ配り切ってないんだ」
そう言い、娘の顔をのぞきこんだが何も返ってこない。
「言いなよ。何か頼みごとがあるんだろ」
娘はため息をつきながら笑った。
「察しがいいわね。本当のこと言うと、うちの夫がこの間、少し酒を飲みすぎて口論になって……」
「ほら、やっぱり」
娘が顔をしかめる。
「聞いて! それでおまえは素性がしれないからお上に訴えて郷里送りにしてやる、と難癖をつけられたの」
素性のしれない人間は逃亡者か罪人のどちらかである。
今度は周のおかみがため息をつく番だった。
「そんなはったりに引っかかるとは。まぁ、あんたの婿どのは口べただからねぇ」
他人事のように言う周のおかみに娘はせっつく。
「お母さんならどうすればいいか分かるでしょ。どなたにお願いしたらいいかしら」
「安心おし! 大したことじゃないよ。ひとまず家で私を待ってなさい。私は林の姑娘に花を届けたらすぐに帰るから、そのころには太太も二の奶奶もお手すきになって、ご相談もできるだろう。そんなに慌てるもんじゃないよ」
娘はそれを聞いておとなしく帰りかけたが、足を止めて振り向いた。
「お母さん、早く帰ってきてね」
「分かってるよ。まったく若い者はちょっとしたことで騒ぐんだから」
そう言うと、黛玉の房のなかへ向かって行った。




