第七回 5
「あなたはようやく髪を伸ばし始めたようだけどいくつになったの?」
「分かりません」
香菱はさっきまで作っていた笑顔を、さっと暗くしてうつむいた。
「あなたのお父さんとお母さんは今どこにいるの?」
「分かりません」
「生まれた場所は?」
「……分かりません」
香菱があやうく泣きそうになるのを、周のおかみと金釧児は必死になだめた。ようやく落ち着いたころに二人で顔を見合わせてため息をつく。
「そろそろ抱廈庁に行ってくるわ」
周のおかみは疲れ果てた顔で言った。
迎春・探春・惜春の三春は、もともと賈母のお膝元に住んでいたが、新たに黛玉が南から越してきたことで、宝玉と黛玉の二人を自身の手元に置き、寂しさを紛らわすことにした。
押し出されるかたちで三春は王夫人の正室の裏手にある離れへ移り住み、李紈に世話をさせることにしたのだった。
周のおかみは数人の小丫頭子が控えているのを見つけたが、ちょうど迎春の丫鬟の司棋と探春の丫鬟の侍書が左手で簾をあげようとしており、いずれももう片方の手には茶碗を捧げ持っていた。
お二人とも中にいらっしゃるのだわ、と周のおかみは気づき、そのまま奥の室へ入っていった。
迎春と探春は真剣なまなざしで碁を打っていた。
周のおかみは折をみて、あの花を差し出し、事情を説明する。
「ありがとう。周の姐姐。迎春姐姐、さっそくつけてみましょうよ」
探春は弾むように言うと、函の中身を取り出し、丫鬟に髪へ花飾りをつけてもらった。
「見て、見て、どうかしら?」
探春の髪に二輪の花が咲いた。芙蓉をかたどったもので柔らかな赤い花弁が鮮やかに広がっている。
「とてもお似合いですわ」
すかさず周のおかみが言う。
「迎春姐姐もつけてごらんなさいよ」
迎春は微笑みながら首を横に振る。
迎春が丫鬟に函をしまわせるのを見届けると、周のおかみは言った。
「四の姑娘がいらっしゃいませんが、老太太のところでしょうね」
丫鬟たちは言った。
「四の姑娘はあちらではないでしょうか」
見ると、惜春は水月庵の尼僧、智能と冗談を言いながら談笑していた。
「あら、周の姐姐、どうされたの?」
惜春が笑みを浮かべながら言った。智能も微笑みながら会釈をする。
周のおかみが遣わされた理由を述べると、惜春は弾けるように笑った。
「ちょうどいいときに来られたわ。『明日にでも私も尼になろうか』って話していたところなのよ。もし本当にそうなったらこの花飾りを挿すところがなくなっちゃうかもしれない」
そう言うと、三人が声を合わせて笑った。




