第七回 2
薛宝釵はようやく筆を置き、身体をひねってこちらに向けると、
「周の姐姐お座りになって」
と満面の笑みをたたえながら言った。
周のおかみもにこにこと愛想笑いを返しながら挨拶した。
「姑娘、ご機嫌はいかがですか?」
そう言いながら、炕の縁に腰を下ろした。
「ここ二三日、姑娘がこちらに顔を出されなかったので、宝玉さまが何かお気に障ることをしたのではないかと気になっておりました」
絵筆を片付ける手を止め、丫鬟の鶯児が笑いながら言った。
「うちの姑娘はそんなことで腹を立てるような方じゃありません」
周のおかみは恥ずかしさに頬をわずかに染める。宝釵は鶯児を目で制して微笑んだ。
「ここのところ持病がぶり返してしまい、外に出ていなかったのです。ご心配をおかけしました」
周のおかみは言った。
「なんということ、姑娘は根の深い病をお持ちのようですから、良い大夫さまに診てもらって、きちんとした処方をしてもらい、きちんと薬をお飲みになって、すっかり治してもらわなければ。お若いうちに放っておいては大事になりますよ」
聞き終えると、宝釵は苦笑いを浮かべながら言った。
「お薬のお話はもうなさらないでください。この病のために大勢の大夫さまをお呼びし、薬を飲んでどれだけの銀子を無駄にしたかしれません。どんな名医にお診せしても、どんな仙薬を試しても、まるで効き目がなかったのです。
ところがあるとき禿頭の和尚にお会いしました。殊に名も知れぬ病を治すというので診てもらったのです。
その和尚によれば私の病は“胎の内から持ってきた熱毒で、ただ先天的に身体が丈夫なのでどうにか持ちこたえているのだそうです。普通の薬では効き目がないとのことでした。そこでその和尚が処方してくれたのが「海上方」でした。
またその和尚は一包みの紛薬も引子としてくださったのですが、それもまた妙な香りと得体のしれない感じがあって、どこに手に入れたものか見当もつきません。
『症状が出たら一粒飲めばよい』と言われ、半信半疑でしたが、妙にこの薬がよく効くのです」
周のおかみは尋ねた。
「“海上方”とやらは何が入っているのでしょうねぇ。姑娘、ぜひお教えください。もし同じような病にかかる人がいたら、きっと助けになるでしょうから」
※引子……漢方で主薬の効果を引き立てる薬のこと。副薬。




