第七回 1
寧国府の門のはずれに、年老いた男が寝ころんでいた。
流雲の合間から眩い光が差しこんでいる。左の手のひらでその光をさえぎった。男の薬指の先はもともとなかったかのように欠けていた。
白い雲が涙で滲んだ。寧国公賈演、寧国府の祖となったその人が浮かんでいたからだ。
焦大、自分の名を呼ばうその声の、なんと威厳のあり、なお優しかったことか。
あの方だったからこそ命を捨てることができた。あの方だったからこそ忠を尽くすことができた。
敵味方分からぬ乱戦、血しぶきがあがるなか、主人を担ぎ上げ、数里を奔った。あのときの土煙のにおいも、最後にあげた鬨の声も、今なお胸に鮮やかである。
だが、それが今はどうか。当主は言わずもがな……、と思いいたったとき、懐に手が伸びた。
竹筒にこめた安酒をきおい飲む。
「くそったれどもめ。くそったれどもめ。俺から務めを奪いやがって」
そのとき賈珍の妻、尤氏の丫鬟が通りかかり、ぶつぶつと悪態をつく焦大に気づくと、うつむきながら去っていった。
周のおかみは劉ばあさんを送り出したあと、王夫人へ報告するために東側の耳房までやってきた。だが、見当たらない。正房も探してみたが見つからなかった。
王夫人がどこにいるか丫鬟たちに尋ね、ようやく王夫人が薛のおばさまのところで世間話をしていることが分かった。そこで周のおかみは東の角門から東の院に向かい、梨香院へとたどり着いた。
院の門前まで来ると、金釧児が石段のそばでやっと髪を結いはじめたばかりの小さな女の子と一緒に遊んでいた。
周のおかみが何も言わないうちから、釧児は口をすぼめ、唇で奥の方を指した。
周のおかみは釧児にうなずき、帳を持ち上げて中に入ると王夫人と薛のおばさまが家のことや世間のことを語り合っているところだった。
周のおかみはしばらく待っていたが、思いのほか長くかかりそうなので、さらに奥の間へと足を進めた。
薛の姑娘だわ、と周のおかみは思った。
薛宝釵はいかにも普段着のまま、髪は少しまとめただけで、炕の奥まったところで、炕卓にかがみこみながら、花模様の絵を描いているようだった。




