第六回 20
周のおかみはさっ、と青ざめ、あまりの下品さにしきりに目くばせしてやめさせようとしたが、熙鳳は笑って取り合わず、平児に言いつけた。
「昨日の銀子の包みと、銭一吊を持ってきて。劉のおばあさんにお渡しするから」
平児は静かに辞儀をすると、奥の室に下がっていった。
しばらくして袋と銭を持ってくると、劉ばあさんのそばに置いた。
「これは二十両の銀子です。これでこの子に冬着をこしらえてあげてください。もし受け取ってくれないなら私の方が困りますからね。
それからこの銭は車代にでもしてください。暇なときは遊びに来なさいね。それが親戚づきあいというものよ。
もう遅いし、お引止めはしません。お家に戻ったら……」
と言いながら熙鳳は笑みをもらす。
「他のみなさんによろしく」
劉ばあさんは一瞬、はっ、としたが笑顔で応じた。
「はい、はい。無事家に着きましたら、必ずお伝えしますとも」
劉ばあさんは何度も礼を言って、帰ろうとした。
すると板児が上目づかいのまま絞り出すように言った。
「ありがとう。姐姐」
姐姐という不遜な言いように、周のおかみは慌てて口を押さえようとし、平児も眉をかすかに吊りあげたが、熙鳳はかえって板児の頭をなで、
「あなたもまた遊びに来なさい」
と桃の花が開くような笑顔で言った。
周のおかみは室を出て院に出るや、
「もう、おばあさんったら。どうしてあんな言い方をしたの。口を開くなり、『あなたの甥』だなんて。本当の甥だって、もう少しやわらかく言うものよ。ましてやあの場には蓉さまがいらっしゃったんだから」
「いやいや嫂子さん、あんな方を前にしたら、嬉しくて胸がいっぱいになっちまって、とてもまともに言葉なんて出てきやしませんよ」
そう言われ、周のおかみは押し黙ってしまう。
二人は周のおかみの家に戻り、しばらくしゃべっていると昼どきになっていた。
「おやおや、つい話しすぎちまって。嫂子さん、今日はありがとう」
劉ばあさんはそう言いながら、熙鳳からもらった銀を一塊り、前に押し出した。
「これでお子たちに果物でも」
「まぁ、おばあさん。私、そんなつもりでお取次ぎしたわけではないのよ」
そんな押し問答が幾度か繰り返されたのち、劉ばあさんと板児は丁寧に周のおかみへ礼を言って、裏門から出て行った。
「なんて器が大きい方だろうねぇ。古の信陵君とかいう人はきっとあんな方だったに違いないよ!」
板児と二人きりになってから劉ばあさんは大きくため息をついた。すぐに
「覚えておくんだよ、板児。士は己を知る者の為に死す。あの奶奶のためにきちんと恩返ししなきゃね」
門前に狗児と劉氏、青児が立っているのが見える。
「さぁ、板児。長安に帰ろう」




