第六話 14
朝の光がまぶしすぎるほどに明り取りの窓から注ぎこみ、室全体を照らしている。南の窓の下には炕があり、真紅の縞模様の氈が敷かれていた。
東側の板壁には鎖模様の背もたれと、引枕が置かれており、金糸のきらめく大きな坐褥を敷き、その傍らには銀の唾壺が置かれている。
劉ばあさんはその設えの豪奢さに息を呑まずにはいられなかったが、一とおり見終わってしまうと、奥に腰かけている貴人をみとめた。
まだ遠目だったため、その容貌ははっきりと分からなかった。だが、その頭を覆っている被り物に目がとまり、思わずこう言ってしまった。
「あのお方は役者なのかえ」
周のおかみが慌てて劉ばあさんの口を塞ぐ。貴人――、王熙鳳は紫貂の皮で作った頭巾をかぶっていた。
頭頂部の存在しないこの頭巾は昭君套と呼ばれる。西漢の悲劇の官女、王昭君、その王昭君が大衆演劇の劇中でかぶるのがその頭巾で、劉ばあさんは“本物”を見るのは初めてだった。
少しずつ熙鳳と劉ばあさんの距離が縮まっていく。
熙鳳は珠玉を連ねた首飾りをかけ、花模様の襖の上に、石青の刺繍の入った灰鼠色の被風を羽織り、真紅の洋縮緬の裙からは銀鼠の裏地がのぞいていた。
その肌は艶やかに化粧がほどこされ、炕へ端座していた。
周のおかみは小声で劉ばあさんへ、「姑奶奶にご挨拶を」と耳打ちした。
だが、劉ばあさんはあまりの熙鳳の美しさに見惚れてしまっていた。それだけではない。その内側から漂ってくる気品も五年前の比ではない。歯の抜け落ちた口をあんぐりと開けたまま固まるより他なかった
熙鳳はそのすらりとした指で銅の火箸を弄びながら手炉の灰をかき混ぜている。
炕の端には平児が控え、小さな漆塗りの茶托に小さな蓋つきの茶碗を載せて捧げるようにもたげていた。
熙鳳は茶を受け取ることも、顔を上げることもせず、そのまま灰をかき混ぜながらゆっくりとこう言った
「どうしてまだ中へ通さないの?」
そう言いながら、気だるげに身を起こして茶を取ろうとしたところに、周のおかみとみすぼらしい格好の二人の客が目に入り、慌てて立ち上がった。
「どうしてもっと早く言ってくださらないの」
熙鳳は周のおかみをさらりとたしなめ、劉ばあさんに微笑みかけた。
「よくぞいらっしゃいました」
劉ばあさんはこの室に入るまで熙鳳をただの小娘だと思っていたことも忘れ、なめられてはいけないと思っていたことも忘れ、氈の毛が抜け落ちそうになるほど平伏し、額をこすりつけ、
「姑奶奶にお、おかれましては、ご、ご機嫌うるわしく」
と息も絶え絶えになりながら言った。




