第六話 15
熙鳳は急いで言った。
「周の姐姐、私は今、手を取ってもらっているから礼をするのは控えましょう。私は年若く、そちらを存じ上げませんし、どのようなご身分の方かも分かりませんから」
物柔らかい口調ではあるものの、これは劉ばあさんへの返礼を拒否したもの言いだった。
それを察した劉ばあさんはさらに恐縮してしまう。
周のおかみは慌てて言った。
「この方が先ほどお話ししたおばあさんです」
熙鳳はうなずいた。
劉ばあさんはようやく炕の一番端に腰かけ、板児はその後ろにじっと隠れていた。
「おばあさん、お坊ちゃんからもご挨拶を」
周のおかみが言い、劉ばあさんも板児を押し出して挨拶させようとしたが、板児は体をくねらせるばかりで、しまいには再び劉ばあさんの後ろへ舞い戻ってしまった。
熙鳳は笑いながら言う。
「私たちは親戚どうしなのにこちらの方のご尊顔を仰いだことすらありませんでした。お孫がそのような振る舞いになられるのも無理ありませんわ」
それを聞いて劉ばあさんは一気に青ざめてしまう。さらに熙鳳は穏やかにこう続けた。
「事情をよく知っている人は、あちらが私たちに遠慮をして訪ねてこないのだと分かるけれど、何も知らない無礼な者どもは、「なんて鼻もちならない高慢な家だろう!」と思っているのよ」
さきほどからずっと周のおかみを介して話されていることに劉ばあさんは気づいていた。それにまだこちらには一瞥もくれられていない。「何も知らない無礼な者ども」とあげつらわれているのは、他でもないわれわれ「長安の王家」なのだ。
そう思い当たり、劉ばあさんは念仏を唱えながら必死に弁明する。
「長安は貧しく、ここ数年こちらへうかがう余裕もございませんでした。ようやくこうして参りましたが、手みやげも用意できず、口でのご挨拶がやっとという有様。さぞかし家爺の方々にもお見苦しく映っていることでしょう」
熙鳳は嘲笑うように言った。
「そんなこと仰られたらかえってこちらが困ってしまうわ。私たちとて祖父の虚名にすがってどうにかしがない官職をいただいているのにすぎないの。どこの家でも一緒。はりぼての体裁だけ。ことわざにもあるじゃない。朝廷にも なお三門の窮親あり、って。天子さまだって貧しい親戚がおありなんだもの。ましてや私たちなんか……」
劉ばあさんは唇を震わせる。
先日、太太の兄は官職を得られたばかり。その家が「はりぼての体裁」だけ、ということはありえない。姑奶奶の祖父、太太の父親の虚名にすがっていたのは「長安の王家」に他ならない。そして窮親とは、貧しい親戚とは、どう考えても私たちのことではないか。
この姑奶奶にはかなわない。ほんのわずかの間でも勝ち目があると感じた自分が愚かだった。劉ばあさんは放心したまま虚ろな目を伏せた。




