第六回 11
劉ばあさんは、周のおかみが平児を呼びに行っている間、残された室の柱の彫刻や、舶来の絨毯の手触りをひとしきり味わったあと、ふらふらと外に出ようとするので、そのたびに板児が劉ばあさんの裾を引っ張り、幼い身体をしならせながら引き留めていた。
周のおかみが戻ってきたころ、ちょうど劉ばあさんが今にも外に出ようとしている最中だった。
「劉のおばあさん、お待たせしました。璉の公子のお室にご案内いたします」
あきれ顔でそう言うのに、慌てて劉ばあさんはよそ行きの顔を繕いながら、
「ほら、板児行くよ!」
と大声で言った。
劉ばあさんは周のおかみの後について、室を出て行った。
周のおかみが一行を案内して来ると、正房の石積みの階段を上がるや、小丫鬟が駆け寄ってき、深紅の簾をもたげた。
そのまま小丫鬟に随き従って、楼の中央の室に入る。その途端、劉ばあさんの狭い鼻腔に芳しい香のかおりが漂ってきた。
「こりゃ、なんて匂いだろうねぇ、蓮華の花を何倍にも芳しくしたような匂いだよ」
劉ばあさんはそう独りごちると、身体が雲へたゆたうように軽くなり、骨ごと溶けてなくなってしまうような気さえした。左右に飾られた官窯の青磁は鮮やかに、片隅に置かれた金箔をほどこした函はわずかに差し込む外光を柔らかく跳ね返し、きらきらと輝いていた。格子も、柱も、先ほどの室よりもいっそう豪奢で、劉ばあさんはひたすらうなずき、感嘆し、何度も舌を鳴らした。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
あまりのありがたさに念仏を唱えながら、手をこすりあわせる。
「老外、老外」
孫の叫ぶ声にはっとして、腰をしゃんとさせる。
「劉のおばあさん、ここには二の奶奶はいらっしゃらないのよ。もっと先」
そう周のおかみが言うや、劉ばあさんは曲がった腰を曳き、曳き東の室へ向かった。
「ここは二の奶奶の姑娘のお室よ」
そう周のおかみから案内され、劉ばあさんと板児はおずおずと中に入る。
炕のそばに、全身に絹や錦をまとい、金の簪と銀の腕輪で飾り立てた、花のような美人が立っているのを目に留めた。板児はすぐさま劉ばあさんの後ろへ隠れる。
あれこそが二の奶奶だと思い、
「姑奶……」
と言いかけたとき、周のおかみが、
「平姑娘、こちらが劉のおばあさまです」
と紹介するのに、平児は顔色一つ変えず、
「はるばる長安より栄府へよくお越しくださいました。私は姑奶奶の丫鬟、平児と申します。以後、ご自分のお家と思ってお申し付けください」
と頭を下げた。




