第六回 9
周のおかみはそれを聞くや、劉ばあさんの袖を引っ張りながらわめきたてた。
「早く! 食事を召しあがられたあとが一番良い頃合いなのよ。遅くなるとたくさんの人が押し寄せて、私たちのお願いなんて聞いてもらえなくなるから。そのうえ、お昼寝なんてされたらおしまい。さあ、早く!」
そう言うとそろって炕を降りた。急かす周のおかみを劉ばあさんが押しとどめる。
「ちょっと待ってちょうだい」
「おばあさん、そんな暇はないんだって」
周のおかみが慌てるのにもかまわず、劉ばあさんは中腰になり、板児を呼びつけた。
「外婆のことをよくお聞き」
板児の頬を両手で触れながらにらみつける。
「一つ。栄国府であった人たちには誰にでも挨拶すること」
板児はうなずく。
「二つ。周の嫂子や私が話しているときは黙っていること」
板児はもう一度うなずいた。
「三つ。大声をけっしてださないこと。返事は?」
板児は「はい」と小さく言った。
「もういいかしら、おばあさん」
周のおかみがうんざりしたように言うと、
「ほら、なにをぼうっとしてるんだい。急ぐよ、板児!」
今度は劉ばあさんが板児の袖を引っ張り、一行はゆるゆると賈璉の屋敷へと向かった。
そこへ向かうまでの間、劉ばあさんは遊廊の豪奢さや行き交う人々の煌びやかな装いに見惚れていた。そこまではどうにかこらえていたが、突き当りの楼の中へ入ったとき、劉ばあさんはたまらず声をあげた。
「なんてすごい室なんだろうね、板児! ほら見てごらん、あの画、あの掛け軸、壁なんて色とりどりだよ!」
劉ばあさんはまるで子どもに戻ったかのようにはしゃいでいた。
「おばあちゃん、ぼくには大きな声を出すなって言ったくせに」
板児が小さな声でつぶやいた。
周のおかみは板児の頭をなでながら、
「無理もないわ。おばあさん、京まで来ても栄国府の門の周りをうろうろするだけだったもの」
「じゃあ、外婆も中に入るのは初めてなの?」
「ええ。きちんとお屋敷を案内するのはこれが初めて」
周のおかみはため息をついた。
「そういえばこういう人だったわ。劉のおばあさん」
「知らなかったの?」
板児がところどころ抜けた歯を見せながら笑う。
「うちのおばあちゃん、とっても面白いんだよ」
「そうね。私が忘れていたのは顔だけじゃなかったみたい」
周のおかみは肩を落としながら、板児に言い含める。
「私は二の奶奶を探しに行くから、外婆をよろしくね」
「はい!」
周のおかみが板児の口の中をあらためて見ると、一本の歯が生え初めていた。
周のおかみは影壁を伝って、院の門の中へ入っていく。だが、いくら探してみても熙宝を見つけることができない。
そこで、周のおかみはすれ違った丫鬟に、
「奶奶はどこ?」
と聞いた。まだ戻られていません、と返事が返ってくる
「あの子ったら何を見てきたのかしら」
使いにやった娘に呆れながら、もう一度丫鬟に尋ねる。
「それじゃあ、平児姐姐はどこ?」




