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紅楼夢  作者: 翡翠
第六回 賈宝玉 初めて雲雨(うんう)の情(じょう)を試(こころ)み、 劉姥姥(りゅうばあさん) 一(ひと)たび栄国府へ進む
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第六回 6

 劉氏がたまりかねて口をはさむ。

「たしかに你老おばあさまのおっしゃることが本当になれば素晴らしいですわ。ですが私たちのような身なりの者を金陵の人々がお相手してくださるでしょうか? いたずらに口を開き、恥をかくのがおちだわ。それに都に行くためのお金も……」

 劉氏がまだ話している途中に、狗児が大きくひざをたたいた。

「いやいや、ばあさんもこう言ってるんだぜ。それに賈家の王夫人おくさまとも顔を合わせたことがあるんだろう? ばあさん、明日にでも出発してくれ」

 劉ばあさんは内心ないしん、しめた! と思ったがその本心ほんしんはおくびにも出さず、今一歩いまいっぽ狗児の覚悟をうながすべく、言葉をいだ。

「娘もさきほど言いかけたがね。都に行くためにはそれ相応そうおう路銀ろぎんが必要なんだよ。家財かざいを売り払い、そのおあしを作らなければならない。それに「侯門こうもんは海のごとし」と言う。私のような婆さんが行ったとて、きっと相手にされないよ。せめて姑爺むこどのが長安の王家のあるじとしてじきじきに向かわなければ」

 それを聞いて狗児は背中を土間どまへつけんばかりにのけぞる。

「そんなこと言っても俺は金陵には何のえにしも持ってない。徒手空拳としゅくうけんで金ばかり浪費したくはない」

 この男は……、と劉ばあさんは思う。頭のほんのすみっこでもはたらかせようとしないのか。

「周瑞どのがいらっしゃるじゃないですか。二の姑太太おくさま陪房おつきの」

 狗児はぱっと顔を明るくして再び膝をうった。

「そうか! 周瑞がいた。周瑞がいた。俺の親父が世話してやったから悪いようにはしないはずだ。あいつなら俺も会って酒をみ交わしたこともある」

 だが、妻の劉氏があらためて夫をさとす。

「あなた、路銀ろぎんはどうやって作るつもりです? もしみやこまでのこのこ出て行って、おめぐみもられず、住む家まで無くなったとしたら、どうなさいますか?」

 狗児は再び腕を組み、考え込んでしまう。

 何という情けなさだ! 劉ばあさんは怒鳴どなりつけたい気持きもちだった。わが娘に対してではない。娘はそのように育ててきた。つつましく、貧しくとも質素倹約しっそけんやくし、たけに応じたらしをするように。

 だが狗児は、その娘婿むすめむこはどうだろう。酒を食らい、怒鳴り散らし、金を浪費ろうひし、かといってそれに応じた頭を使うこともしようとしない。

姑爺むこどの、あんたはこんな片田舎のぼろで一生を終えるつもりかい。たとえ銀子おかねにありつけなくてもいいじゃないか。あの栄国府のやかたを目におさめるだけでも生涯しょうがいほまれだろう」

 狗児はそこで大きくようし、とうなるように声をあげ、

「金だ。金を集めるぞ。家の中で売れるものは売り払え。明日にでもみやこ出立しゅったつする」

 と、のたまった。

妈妈おかあさん……」

 そう母から、妻から、娘に戻って劉氏が心配そうに言うのに、劉ばあさんは感情を持たぬひとみこたえた。

 劉ばあさんに勝算しょうさんがあるわけではなかった。もし王夫人への目通りがかなわなければ、衣食のみならず家までも失ってしまうかもしれない。劉ばあさんはひなびた土地の出である。博打など生涯しょうがいに打ったこともない。だが、もし打つのなら、と劉ばあさんは思う。すべてをけて打たなければならない。

 そして出立しゅったつの朝、家の戸のかんぬきをかけようとする劉氏に向かって、

「閉めなくていいよ」

 とつぶやいた。そして、


 風蕭かぜしょう々として易水寒えきすいさむ

 壮士そうし ひとたびりて かえらず


うたった。

板児と青児は長旅のたのしみに笑いあい、狗児はかき集めた金を数えていた。劉氏だけがうつむきながら、風のうなりとともに劉ばあさんの声が消えていくのを聞いていた。


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