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紅楼夢  作者: 翡翠
第六回 賈宝玉 初めて雲雨(うんう)の情(じょう)を試(こころ)み、 劉姥姥(りゅうばあさん) 一(ひと)たび栄国府へ進む
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第六回 3

  老婆はそのうちの一人に手招きして言った。

「坊やにちょっと聞きたいんだがね。周のおばさんはどこにいるか知ってるかい?」

 その子どもは白目をむきながら、老婆をじろりとにらんだ。

「周のおばさんってどのおばさん? うちには周のおばさんがたくさんいるんだ。だれか一人にしぼってもらわないとこまるよ」

「ごめん、ごめん。太太おくさま陪房おつきの周のおばさんだよ」

 謝るように言いながら、子どもの手に糖葫蘆タンフールーにぎらせる。

 今度は板児が老婆をにらむ番だった。彼ら一家は貧しく菓子を食べる余裕よゆうなどない。老婆はたずねた子どもに見えないよう板児の尻をつねった。

「教えてくれるね」

 せいいっぱいの笑顔を作り、子どもに言った。

「ついて来て!」

 そう言うと、老婆と板児を引っぱるようにして、裏口を入っていった。

「ここだよ!」

 そこには塀に囲まれた大雑院ながやがあり、子どもはその一角を指さして叫んだ。

「周おばさん! おばあさんと男の子がおばさんを探してるよ!」

 そう呼ばうと大げさに老婆に向かってお辞儀じぎをし、糖葫蘆タンフールーくしりながら去っていった。

 周のおかみがやってくるわずかな合間あいま糖葫蘆おかしをとられてまだ不満そうな板児に老婆はこう言ってさとした。

良機一失りょうきいっしつふたた得難えがたし、とね。好機こうきがあるときには何もかもをててそこにかうのさ。板児あんた板児あんた親父おやじみたいになってはだめだよ」

 板児はなおも納得できないようすで足元の石ころをる。老婆はため息をつきながら板児の頭をでた。



 周のおかみは身なりを整え、少し間があってから表に出てきた。まじまじと老婆を見ながら、「どちら様でしょうか」と言う。

 老婆は急いで近寄ちかよ挨拶あいさつをした。

「お元気? 周のねえさん」

 周のおかみはそう言われて、もう一度相手の顔を見返みかえす。

「劉のおばあさんじゃないの! おやおや。こんにちは。長いこと会わなかったから、わすれちまってたよ。さあさあ、中に入って座っておくれよ」

 ここだ、と劉ばあさんは思った。私はいままさに博打ばくちをしているのだ。ここで失敗してしまえば、はるばる長安から一家でここまで来た意味がない。ただ路銀ろぎん浪費ろうひしただけで終わってしまう。

周のおかみは明らかにこちらをかろんじている。汚い身なりのばあさんと孫。尾羽おはらして、物乞ものごいに来たのだと見られているのだろう。だが、かろんじられたままではこちらが優位ゆうい交渉こうしょうできない。相手を不快にさせない程度に切り返す言い方を考えなければ……。

「“貴人きじんわすれる事が多い”ものですからね。私たちのことなんて忘れちまって当然とうぜんですよ」

 そう言いながら、それとなく家居いえいの屋根に目をった。

 屋根の板戸がちょうどこぶし一つ分破れている。

 周のおかみは咳払せきばらいをした。

「さあ、上がった。上がった! ほれ、お客さまにお茶の用意」


 周のおかみがめいじると、小丫頭しょうじじょがお茶を注ぐ。

「あらあら、可愛かわいい女の子にお茶をれてもらって」

周瑞だんなが南へ出ているものですからね。何かと手が要りようなのよ」

 周のおかみは笑った。小丫頭しょうじじょが照れたように頭を下げる。

「それより板児もしばらく見ない間に大きくなったわね」

 板児はすっと背筋せすじを伸ばしてみせた。

「それこそ何年経なんねんたってると思っているんだい」

 そんなとりとめのない会話かいわ近況きんきょうや思い出話に花を咲かせ、話題もそろそろ尽きてきたころ、周のおかみが言った。

「そういえば今日は通りすがりなの? それともわざわざ来てくださったの?」

 劉ばあさんは来た、と思った。

「もちろんねえさんに会いに来たのさ。それと……、それと……ほら、姑太太おくさまにもね、お会いできなくとも、うちの気持ちだけでも——なんとか、ねぇ?」


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