第四回 6
雨村は嘆息して言った。
「これも彼らの因業と言ったところだろうか。ただの偶然ではない。そうでなければ馮淵がただ英蓮のみを見初めたりしよう。英蓮は何年も人さらいにとらわれて、ようやく運が向き、二人が一緒になろうとする矢先、この一件が起こった。薛家は馮家に比べて格段の財があるとはいえ、その情の深さは淵・英二名に比ぶるべくもない。おのずとその献身の度合いも違ってこよう。これぞ年若き男女の夢幻の情愛か」
そう雨村は天を仰いだが、鯫生から注がれる冷たい視線に、詩人雨村から官としての雨村へとすぐさま表情を変え、咳払いをした。
「それはそれとして、この件、どう沙汰をつけるべきだろうか?」
「老爺さまは優れた方だと思っていたのですが」
鯫生は冷笑する。
「老爺がこの地位に着き、この地位を保てているのは、ひとえに賈家、王家の力に他なりません。薛蟠は賈家の親戚です。であれば、答えは一つ。行く川の流れに任せ、結論を出すのみです。薛蟠を庇護することこそが、賈家、王家に好き印象を与える唯一の道なのです」
「おまえのいうことがあるいは正しいのかもしれん。だが、これは人命にかかわっている。私は天子さまの深いご恩を受けて、ようやくこの官に復位することができたのだ。そのご恩をお返しすることが私のなすべきことであるのに、かえって私的な理由で法を曲げることが許されるはずもない」
鯫生は一瞥もせず、鼻を鳴らした。
「老爺のおっしゃることはなるほど、世のことわりであります。ですが、そのことわりでは現今は渡ってゆけません。古人も申しております。「大丈夫は時に応じて動く」と。またこうも言っております。「吉に趨き、凶を避けるのが君子である」
老爺の案のままでは、朝廷にご恩をお返しするどころか、老爺の御身すら保てません。ご再考ください」
雨村はうつむいたまましばらく考えていたが、
「おまえならどうする?」
と言った。
「わたくしにいい考えがございます。明日、裁きの堂にお出ましになった際に、老爺さまのお力をもって、木札を発し、下手人を捕まえることができるようにしてください」
「どういうことだ? やはり薛蟠を捕まえるつもりか?」
首をひねる雨村に鯫生は得意げに言った。
「馮家の連中は薛蟠が生きているからこそ、彼とその眷属を拷問にかけ、あわよくば殺してしまおうとしているのです。もし、その下手人が死んでしまっていたとしたら?」
「薛蟠を殺すつもりか? それとも替え玉を用意して……」
「そのどちらでもありません」
鯫生は意味ありげに卓子の下から枝と筆を取りだした。
「これを使うのです」




