第四回 2
さて、ようやく応天府に官を得た雨村だったが、着任早々、人殺しの訴えが入ってきた。二つの家が一人の婢のために争い、お互いに譲らず、殴り殺してしまったということだった。
雨村はさっそく訴え出たものを審理のために呼び出した。訴人は、
「殴り殺されたのは小人の若主人でございます。その日、一人の女の子を買ったのですが、そのときにはまさか誘拐された子だったとはつゆ知らず……。若主人はすでに銀子を人さらいへ支払っていましたが、三日後が吉日だから、そのときに迎え入れようと言い、少し日数を置いてしまったのです。ところが、その隙に人さらいは薛家にもその女の子を売りつけていたようで……。そのため、小人どもは売り主を探し出して捕まえ、女の子を取り返そうとしたのですが、なにぶん薛家は金陵でも指折りの豪族。金と権力を笠に着て、薛家のごろつきが私の若主人を殴り殺してしまったのです。下手人や主人はすでに逃亡してしまい、跡形もありません。薛家に残っているのは無関係な人間ばかりです。小人が告訴してから一年が経ちますが、いまだ何の沙汰もありません。どうか下手人を捕まえ、善良な民をお救いくだされば、感謝の思い尽きることがありません」
と涙ながらに訴えかけ、雨村も少なからず心を動かされた。
さらに訴人の続けることには、
「かの女の子は若主人が初めて見初めた女人。悔しさで夜も眠れませぬ」
そこで雨村はまじまじと訴人を眺めた。訴人は二十歳に満たぬ男童で、鼻筋がすっと透きとおり、肌は雪のように白かった。言いおおせた後もいまだ男童が目に涙をためているのに、雨村は亡き主人と訴人との浅からぬ関係を察し、大声で怒鳴った。
「こんなことがあってよいものか! 殴り殺した人間が逃げ出し、まだ捕まっていないとは!」
雨村が薛家の家人たちをとらえ、拷問しようとしているという噂は、その日の夕には応天府中に広まった。
雨村は法廷に出向き、今にもかの一件の召喚状に署名をしようとしていたが、そばに控えていた門子が目くばせをしてそれを止めようとする。
内心いらだちを感じながらも、怪訝に思った雨村は、法廷を退出し、密室に戻ると、門子のみを残し、人払いをした。
門子は急いで雨村の前に進み出ると、笑いながら尋ねた。
「老爺さまはご出世になられて、八九年になります。私の顔などお忘れでしょう?」




