第四回 1
黛玉は忙しなく大人たちが話している内容をどうにか知りたいと思ったが、直接聞くわけにもいかず、ところどころ盗み聞いたところによれば、金陵城内に住んでいる薛家の姨母の息子で、探春たちの母方の従兄にあたる薛蟠が金と権勢を笠に着て、人を殴り殺してしまったため、応天府でその審理が行われているとのことだった。
王夫人は兄嫁のところから遣わされてきた媳婦とこれからの家事の話を眉間にしわをよせながら話し合っていたため、探春が黛玉の袖を引っ張り、王夫人のもとを辞して、兄嫁の李紈のところへ向かった。
黛玉は李紈が亡くなった賈珠の妻であったこと、今は栄国府の一室で、慎ましく暮らしていることを思い出す。
李紈の部屋の戸を開けると、伏し目がちな未亡人がそこにいた。獨坐に腰かけながら、何か針仕事をしている。どこか声をかけづらい雰囲気を醸し出していたが、どうにか他の姉妹に続けて挨拶をすませた。
「姑媽、お初にお目にかかります」
そう頭を下げたが、李紈は吐息をつくようにしか返事をしない。返事をしてしまうと李紈は何事もなかったかのように針仕事を続けた。
探春は黛玉が不安になっているのを見て取って、李紈のもとを退出してから、そっと黛玉に教えた。
「李の姑媽はいつもあんな感じなのよ」
その流れで探春は李家の成り立ちと、なぜ李紈があのような性格になったのかを教えてくれた。
もともと李紈は李守中という、金陵の大官であり、国子監祭酒をつとめたこともある人物の娘だった。もともと李家は男女問わず詩書を読まぬものはない家系だったが、李守中の代におよんで、「女子は才無くして便ち徳有り」と女子の読む書物を「女四書」「列女伝」といった嫁する際に必要なものに限り、ほとんど字を覚えるのみにとどめていた。女は前代の賢妃賢姫のことのみ知って、あとは機織りや家の仕事だけしていればよいという考えから、李紈という名、そのあざなの宮裁すら機織りのことにちなんでいるという。
のみならず李紈は若くしてその伴侶を喪い、裕福な暮らしをしているのにもかかわらず、枯木や燃え切った灰のごとく、いっさい何も見ず、何も聞かず、親に仕え、子を育て、あとは小姑たちと針仕事や朗読をして過ごしているだけらしい。
黛玉が栄国府で過ごしたのはわずか二日に満たないが、そこに漂う暗雲を幼ながらに感じていた。だが、自分はまだ子どもであるし、年老いた父のことをのぞけば、日々姉妹たちと過ごすだけでよいのだと、自らを安心させようとしていた。




