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紅楼夢  作者: 翡翠
第三回 如海(じょかい)内兄(ないけい)に託し 西賓(せいひん)を薦(すす)め 賈母(かぼ)外孫(がいそん)に接し 孤女(こじょ)を惜(お)しむ
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第三回 12

賈母おばあさまは笑って言った。

「またでたらめばっかり。ずっとあちらにいたはずのこの子にいつ会ったっていうの?」

 宝玉は首を横に振りながら笑った。

「これまで一度も会ったことはないはずなのに、どこかなつかしい気がするんです。古いなじみに再会したときのような。ながい間、本当に永い間、離れ離れになっていたような、そんな気がするんです」

 賈母おばあさまは大きな声を立てて笑った。

「いつもの冗談よりずっと面白いじゃないか! よし、よし。それならすぐに仲良くなれるだろう」

 宝玉はすぐに黛玉のそばに座り、もう一度よく眺めながら尋ねた。

妹妹きみほんを読むの?」

 黛玉は言った。

「いえ、まだです。一年間教えていただいて、ようやく字をいくらか覚えたくらいです」

妹妹きみ尊名いみなは?」

 黛玉は自分の名を伝えた。

「じゃあ、あざなは?」

あざなは、……ありません」

「じゃあ、妹妹きみ顰顰ひんひんの二字を送るよ。これこそうってつけだね」

 探春たんしゅんは首をひねった。

「それはどこに書かれているの?」

「“古今人物考ここんじんぶつこう”に西方さいほうに名のある石があり、たいと言う。眉を引くすみの代わりになる、とね。それにこの妹妹はとがった眉で顰めているから、ぴったりだと思わない?」

 黛玉は「ここんじんぶつこう」と心の中でつぶやいた。まったく聞き覚えのない書物しょもつだった。

 それを察したのか、探春が黛玉に耳打ちする。

「お得意とくいの作りごとよ」

 耳ざとく宝玉が笑いながら言い返した。

「書物なんて四書をのぞけばどれもでたらめなものばかりだよ」

 返す刀で黛玉にまた尋ねる。

ぎょくは持ってる?」

 そこにいる誰もが彼が何を言おうとしているのか分からなかった。ただ一人黛玉だけが、それを彼がぶらさげている「宝玉」を自分たいぎょくも持っているかという問いだと察し、

「……持っていません。とてもめずらしいもののようですがどうやって手に入れられたのですか?」

 と答えた。

 宝玉はこれを聞いて、首から下げていた玉を投げ捨てて、狂ったように怒り罵った。

「何が宝玉だ! 人のしすら分からないのに、通霊つうれいも何もあるものか! ぼくだってこんな玉いらないよ!」

 宝玉の癇癪かんしゃくにみんな驚き、こぞって玉を拾いにかかった。

 賈母‘(おばあさま)はすぐに宝玉を抱き寄せて言った。

「この罰当たり! おこったときに怒鳴ったり殴ったりするのはまだしも、一番大事なものを壊そうとするなんて!」

 宝玉は顔いっぱいに涙を流しながら言った。

「この家の姐姐妹妹きょうだいたちも誰一人玉を持っていないのに、ぼくだけ持っているなんてつまらないや。だって、こんな仙女せんにょのような妹妹ですら持っていないんだもの。これはやっぱりがらくただよ」

 賈母おばあさまはあわてて彼をなだめた。

たいぎょくはもともと玉をもっていたのですよ。ですが、姑媽おばさんが亡くなるとき、妹妹たいぎょくと離れがたく、玉をびて行ってしまわれたのです。一つは葬礼そうれいのため、妹妹たいぎょくが母へのこうを果たすため、二つは姑媽おばさん御霊みたま妹妹たいぎょくと会うことができるから、だからさきほど黛玉が「持っていない」と言ったのはいつわりではないのです。だから、その玉は身に着けておいで。お母さまに知られてしまいますよ」

 そう言うと丫鬟じじょから玉を受け取り、手ずから宝玉の首にかけてやった。

 宝玉は少し考えて口をつぐんだ。


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