第三話 8
黛玉が車から降り、一直線の通路を抜けると、大きな門が見えてきた。嬤嬤に案内されながら、角を曲がると、東西の穿堂、南の広間の裏手の門内に中庭が広がっていた。正面には正房、両側の廂房はまた別の廂房とつながっており、四方八方に通り抜けができるようになっていた。賈母のすまいにも驚いたが、今見えている建物の壮大さとは比べものにならなかった。黛玉はこれが賈政のお屋敷なのだわ、と悟り、石畳はまっすぐ大門まで伸び、見上げると純金の九龍をあしらった扁額が目に入った。扁額の上側には「榮禧堂」の三文字が大書され、小さく「某年某月栄国公賈源に賜う」と注釈が書かれており、「萬機宸翰」の玉印が据わっていた。蛟を彫った紫檀の台の上には三尺にもおよぶ青緑色の古い銅の鼎が置かれ、水墨画には霧立ちこめる波間から龍が頭を出していた。掛け軸の一方には黄金の尾長猿が彫られた祭器が、もう一方には玻璃の酒杯が置かれている。
床には十六脚の楠木の椅子があり、黒檀に銀色の文字で一幅の対聯が掛かっていた。
座上の珠璣は日月のごとく昭らかに
堂前の黼黻は煙霞のごとく煥く
とあり、世教弟勳襲東安郡王穆蒔拝して手ずから書す、と記されていた。
黛玉は正室の調度といい、さきほどの対聯といい、栄国府の栄華に頭がくらくらするばかりだったのだが、王夫人がふだん使っている部屋は東側の三間の耳房だった。そこで嬤嬤たちは黛玉を東側の耳房に案内した。
耳房といいながら、その部屋の窓際には大きな暖房器具があり、そこには舶来の緋毛氈が敷かれ、正面には真紅の背もたれ、秋香色の敷布、いずれも銅銭ほどの大きさの金糸の蛇が刺繍されていた。
両側には梅花をかたどった一対の漆塗りの小机、左側には文王式の鼎、鼎の横には香炉と匙、右側には汝窯の美人壺に時節の花を挿し、床には西向きに四脚の花柄の敷布に覆われた椅子が並べてあり、足置きもその分だけ用意されていた。椅子の横には背の高い机があり、そこにも花瓶や茶碗が鎮座していた。
老嬤嬤は黛玉を炕に座らせようとしたが、そこには錦の敷布が差し向いに敷かれていたので、それが賈政夫妻の定席であるのを察し、暖房器具から離れ、東の椅子に座るだけにした。それを見るなり、華美な服をまとった丫鬟が黛玉の傍に控え、やはりこの家はふつうとは違うのだわ、と黛玉は嘆息した。
炕……中国東北部にみられる暖房器具、かまどや炉を燃焼させ、その空気を床にとおすことで床全体を暖かくする。




