第十三回 10
「また……、違えてしまったわ」
王熙鳳はそう嘆くと、針がはらりと落ちていった
小丫鬟たちが息をひそめるなか、豊児が言った。
「そういえば二の大爺さまが揚州に赴かれてから、もうずいぶんになりますわね。いったい、いつごろ……」
平児はきっ、と豊児を睨みつける。
「奶奶、雑事にくわえて縫い物までなさっているから、きっとお疲れになったのですわ。そろそろ寝所にむかわれては?」
「そうね。そうさせてもらうわ」
膝元に炉があかあかと燃えている。平児は刺繍をこらした被ものに香を焚きしめた。
「平児、朝まで供をしなさい」
熙鳳は顔をそむけたまま言った。
「承知しました。奶奶」
平児はうやうやしく拝手した。
平児は横で熙鳳が指を折っているのを見た。
――老爺さまがここを離れてからの日数を数えておられるのだわ。
まどろみのなかで平児は思う。
賈璉が揚州へ赴いたばかりのころも、今日のように指を折り折り、
「今ごろは梁州に着いたころね」
とつぶやいていた。平児は熙鳳をちらりと横目に見、迫りくる眠気にも、
――いけない、いけない。奶奶よりも先に寝てはいけない。
とこらえようとするのだったが、
――もう三更だわ。
と思うや、もう深い眠りに沈んでいた。
熙鳳はかの丫鬟が眠りこけてしまうと、あの星のように冴え冴えとしていた目がかすかに霞んでき、輪郭を持たない影がひたひたと表から歩いてくる。
「……あなた。どこから入ってこられたの?」
熙鳳は秦氏に話しかけた。秦氏はにこやかに言う。
――嬸子さま。よくお休みでいらっしゃいますのね。わたくしが今日にもここを発とうとしておりますのに、見送りにも来てくださらない。
「何を言っているの?」
熙鳳は問うたが秦氏はそれに答えず、
――ふだんから母娘のように親しくしてくださっていたのですもの。惜別の想い耐えがたく、こうしてご挨拶に参ったのです。
「どこに、どこに行こうというの?」
――果たしていないお願いが一つこざいます。それをどうしても嬸子さまにお伝えしておきたいのです。他の方ではそれが叶うか分かりませんから。




