227/231
第十三回 9
秦氏が目覚めたとき、そこには夫の顔があった。
秦氏はわずかに微笑んだが、相手は頬一つ緩めない。
無理やりもう一度微笑んでみる。だが、やはりそれへの応えもなかった。
「このうえ、何かできることはありますか?」
秦氏はそう問うた。
「何か私があげられるものはありますか?」
言葉に詰まる。
「私は何を……」
眼が不意に潤んでくる。ぼやけた目では夫がどんな顔をしているのか分からない。
秦氏はにわかに咳きこんだ。寝台へ鮮血が飛び散る。
血に染まった唇に粗い布が当たる感触があった。白布を持つ夫の手が震えている。
秦氏は笑いかけた。夫は顔を伏せてしまっている。
沈黙が降りてくる。窓の外に桐の葉が一枚流れてゆく。
夫がわずかに顔を上げる。秦氏は彼の目尻をぬぐった。
しゃくりあげる夫を横目に見ながら、秦氏も咳きこむ。
寝台の横の火傷するように熱いお茶を、少しずつ冷ましながらすすると、再び静けさがおとずれた。
初秋の、冷ややかな日ざしが射しこみ、秦氏はふらふらと枝のように細くなった腕を伸ばす。こちらを向いた夫の顔は逆光にさえぎられている。秦氏は右手を夫に差し出した。指と指とが触れ合い、秦氏をすり抜けていった。




