第十三回 3
男は階を駆けあがっていた。
月影に照らされぬよう心がけながら。丑二つにはまだ早い。だが、己から誘ったからには、先に着いておかなければならない。約を違える訳にはいかなかった。
吹き抜けの窓から風が入ってくる。男は身震いした。男は高楼から晩夏の寧府を見下ろす。
天香楼の高台からは十六夜の月が妖し気に光を放っていた。
男は月夜の美しさに足を止めたが、大きく首を振った。風や、虫や、獣の音のあわいから足音を探した。
男はくるりと向きなおった。暗闇の向こうにさきほど上ってきた階が見える。
来るはずだ。きっと来るはずだ。あれは俺のことを、俺はあれのことを……。
微かな音が聞こえた……、気がした。男は一歩、二歩、暗闇へ近づく。
こつ、こつ、こつ。
やはり足音だ。同じ調子でこちらへ近づいてくる。男の胸は高鳴った。
ほのかに階下に小さな灯がともる。男は眉を顰めた。
誰にも分からぬよう忍ばねばならぬのに。誰にも見られてはならぬのに。もう少し賢しい女だと思っていた。男はわずかに顔を伏せたが、胸の高鳴りはおさまらなかった。
灯も音もしだいに大きくなってくる。人影がわずかに見えた。
――女だ。
男は思わず声を漏らしそうになった。どうやら見張りの番兵ではないらしい。人影は白い衣を頭から被いていた。
――大仰な。
思わず笑みが出る。男はゆっくりと人影に近づいてゆく。男はにやけながら薄い白絹をふわりと持ち上げる。
「うわっ」
男は大きく後ずさった。
「何を驚いておられるのです? 珍の大爺さま?」
今度は女が笑う番だった。
「お忘れですか? 瑞珠にございます」




