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紅楼夢  作者: 翡翠
第三回 如海(じょかい)内兄(ないけい)に託し 西賓(せいひん)を薦(すす)め 賈母(かぼ)外孫(がいそん)に接し 孤女(こじょ)を惜(お)しむ
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第三回 7

 少し話は前後する。黛玉が親戚たちとお茶をしながら交誼こうぎを結んだ数日後、賈雨村は賈政との面会を果たしていた。卓子テーブル、椅子、掛け軸、その脇に鎮座している壺、雨村は通された居間に居並ぶ立派な調度品ちょうどひんにさすがは栄国府えいこくふの主よと、一人感嘆かんたんするのだったが、すぐに首を振り、自分の一生を左右する交渉の席に座っていることを思い出す。

老師せんせい

 と賈政は雨村うそんを呼んだ。自分の姪である黛玉の家庭教師なのだから、何も不思議はないのだが、雨村はかえって侮られているのではないかと疑った。

「ここには宗侄そうけいと書かれているが、老師せんせいはどこの家の出でいらっしゃるのかな」

 そう言われて雨村は身構みがまえる。

「まさか本当に私の隠れた甥ではあるまい」

 冗談っぽく相手が笑うのに、自らの家門をどう答えたものか悩んでいると、

「どうであれ些末さまつなことだ。家柄など物の役に立たん」

 と吐き捨てるように相手が言う。雨村は胸をなでおろした。

「ところで老師せんせい狂接輿きょうせつよについてどう思われる?」

 試されている、と思う。ここをどう答えるかによって自分の未来が変わる。そう感じた。雨村は遠き日の進士しんしの試験のときのごとく、身をこわばらせた。

「聖人の一人に加えても差し支えないでしょう」

「ほう」

 相手は腕を組みながらさらに深く椅子に腰かけた。

「ですが、狂接輿のようなやからはその人の仁不仁じんふじんにかかわらず天下をみだし、まつりごとあやまたせるいんともなります。したがって真の聖人は雷鳴が雲を切り裂くごとく、凡夫ぼんぷにとっても明明白白めいめいはくはくなものでなくてはなりません。走狗そうくが羊の群れを導くように民草たみくさにわずかな迷いをあたえることもあってはなりません。この点で、接輿は孔孟こうもう朱熹しゅき比干ひかん周公しゅうこうといった列聖れっせいとは異なっております」

「なるほど」

 賈政かせいの目の色が明らかに変わったのが分かった。ゆるされた、と思う。先ほどとうとうと述べたことが自分の本心であったかは分からない。だが、差し当たり目的は達した。それから数刻すうこく四書五経ししょごきょうから天文てんもん詩句しく、現代の趨勢すうせいにいたるまで、相手から出てくる問いに答え続けた。

夕陽が沈むころようやく、「申し訳ないことをいたしました」と賈政が深々と頭を下げた。

如海おとうとの書いておるとおり、先生は俊英しゅんえいでいらっしゃる。どこまで私の力が及ぶかは分かりませんが、老師せんせいしょくふくせるよう奏上そうじょういたしましょう」

 雨村うそん長旅ながたび安堵あんどとで全身の力が抜けそうだったが、やっとのことで拱手きょうしゅした。

老師せんせいがこれだけの人物なら、姪のみならず私の愚息ぐそくも導いてくださるとよいのだが」

 そう言われ、少なからず狼狽し、どう答えようか迷っていたが、

「冗談だ。いらぬ心配をおかけいたしましたな。さあ、一献」

 とさかずきをすすめられ、雨村は再び力が抜けそうになった。

 賈政の働きかけで、雨村が官職かんしょくに復するのはこれから二か月後のことである。


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