第十二回 21
そのとき賈瑞の瀕死の体にふっ、と喜びが灯った。ふわりと魂ごとほどけたように、鏡のなかへ入りこんだ気がし、目の前の熙鳳はゆるゆると上衣を脱いでゆく。そのまま二人の肉体はふわりと重なり、雲雨の情を交わした。やがて熙鳳は後朝を惜しみながら賈瑞を鏡の外へと送り出した。
――ああっ。
賈瑞は床の上にいて、鏡は下に落ちてしまっていた。鏡の背面にはなおも骸骨が映っている。
背にひやりとしたものを感じ、撫ぜてみるとぐっしょりと汗をかいている。股にはじっとり精が滲んでいた。
だが、賈瑞はなおも満たされず、再び鏡を表にしてみると、またしても熙鳳が手招きしていた。賈瑞は吸いこまれるように、鏡の中へ入っていく。二度、三度、四度、先ほどと同じことが繰り返された。
――そろそろ出ないと……。
賈瑞がようやく思ったときには二人の兵があらわれ、鉄の鎖で賈瑞を絡めとり、賈瑞を引き立てていった。
「鏡と一緒に行かせてくれ!」
推何は賈瑞の叫びを聞いた。慌てて駆け寄ったが、賈瑞はすでにこと切れていた。
「代儒さま! 賈瑞さまが!」
推何は急いで代儒を呼びにいく。代儒も血相を変えて賈瑞の手を取ったが、やがて唇を噛みながら首を横に振った。三人はただただ咽び泣き、涙も涸れてしまうと、
「あなた、あれを……。早く着替えさせなければ」
と代儒の妻が指さして言った。指の先にはぐっしょりと精の溜まりが広がっていた。
代儒は半狂乱となり、かの道士を罵った。
「なんという妖鏡じゃ! これを焼き払わねば世になす害は計り知れぬぞ! 早く! 早く火を用意せんか!」
推何はうずくまって動かない。そこで代儒の妻が薪を重ね、燃え盛る炎のなかへ鏡を放り込もうとしたときだった。
「誰が正を見ろと言いました! 汝らが勝手に偽を真と思いこんだだけのこと。なぜ私を焼こうとするのです……」
鏡の中から泣き叫ぶ声がし、代儒は思わず手を放した。
その悲鳴が続いているうちに、あの足の不自由な道士が不意に駆けこんで来て叫んだ。
「『風月の鑑』を壊そうとしているのは誰じゃ! 儂が助けに来たぞ!」
そう言うやいなや、中堂へ入り鏡をひったくると、そのまま風のように去っていった。




