第十二回 15
「開けてくれ。開けてくれ」
賈瑞は自家の門を敲く。
下人が寝ぼけまなこをこすりながら、門を開けてくれたが、賈瑞の恰好を見て目を丸くした。
「どうされたのです?」
下人が鼻に手をやりながら言うと、賈瑞は栄府であったことをそっくりそのまま言うわけにもいかず、
「いやあ、粗相をしたよ。あまりに暗かったものだから、足を滑らせて、厠へ落ちてしまって……」
「それではお着替えをお持ちしないと……」
下人は献身的な口ぶりと裏腹に顔をしかめている。
「いいよ。いいよ。これは俺の失態だ。太爺さまに叱られるのも困るし、一人で着替えるよ」
半ば本心に近いことを言って、下人を下がらせると、賈瑞は己が房に戻り、冷たい水に浸した手巾で身震いしながら体を拭きあげてしまうと、ようやく熙鳳に謀られたことに気づいた。
「くそ! あの女……」
そう恨み言を口にしてみるけれど、心に巣くう熙鳳の幻影は振り払っても、振り払っても消えることはない。その夢幻の虚しさに、どうしても耐えることができず、衾を千切れるほどに抱きしめた。
「鳳姐!」
小さくつぶやいてみるけれど、むろん応える者はない。
「鳳姐! 鳳姐……」
厳冬の寒さと切なさが、交互におとずれる。
賈瑞はやがてまどろみ、寝台の上に身をうつぶせた。
目が覚めてみると、日も昇っていないのに、賈瑞は温もりに包まれていた。固く温かいものが腹に当たる。
「湯婆か……」
起き抜けの、回らぬ頭で考えをめぐらす。
「推何……」
思わず笑いがこみ上げる。
「気づいていたなら着替えの一つくらい持って来ればいいのに」
賈瑞は二回目の睡りに落ち、鶏鳴が轟くまで目覚めることはなかった。




