第十二回 14
「おっと、そのまま動くなよ。このまま見逃してやりたいのはやまやまだが、おまえをここで逃がしたら、俺たちも責めを負うことになる」
賈瑞はうめいた。
「なら、どうすれば……」
賈薔は思案するふりをしながら、慎重に言った。
「おまえが太太へ赦しを乞うのが一番だが、あいにく老太太の方の門は閉まっているし、老爺さまは、広間で南京からの荷を確かめておられる」
「……裏門から行けば……」
「途中で誰かに会ったらどうする。俺まで破滅させるつもりか!」
一喝されて賈瑞は黙りこむ。
「まず俺たちで様子を見て来てやるよ。安心しろ、その後にきっと迎えに来る」
「……分かった。じゃあ、ここで待っているよ」
賈薔は首を振った。
「それはだめだ。もうすぐここへ老爺さまの荷を積みにくる。他のところがいいな」
そう言うと、賈薔と賈蓉は放心している賈瑞を引っ立てるようにして連れ出し、戸口の前で灯を消した。
「おい、なんで灯を消す?」
賈瑞が叫ぶ。
「頭が回らないやつだな。こんなところを人に見られたらどうするんだ?」
「……分かっているよ」
賈瑞はぽつりと言った。院の外に出ると、賈薔と賈蓉は暗闇をまさぐり始めた。
「あった、あった。ここだ」
諸手に二人の冷たさを感じながら、賈瑞はおそるおそる石段を下りてゆく。
「この下なら見つからないだろう。あそこのくぼみに隠れていろ」
と賈薔が命じると、賈瑞はうなずいて身をかがめた。
「一言も声を出すなよ」
そう告げられ、二人が闇にとけこんでしまうと、賈瑞は一人になった。
賈瑞はもはやどうすることもできず身を縮めたままそのときを待った。
これから先どうなるかを考えれば考えるほど、苦しみが襲ってくる。それでも待つよりなかった。
ぴいっ、と耳をつんざくような指笛の音が聞こえた。
すると、頭上で雪崩れるような音がしたかと思うと、便桶いっぱいの小便と糞が賈瑞の全身に降りかかった。
賈瑞は思わず、「ああっ」と声を漏らしたが、そのために唇のあわいから悪臭が入りこんでくる。すぐに口を押さえ、一言も継げない。錦の着物も、頭から足先にいたるまで、糞尿にまみれ、冷たさにがたがた震えた。
「早く行け! 早く!」
と叫ぶ賈薔の声が聞こえる。賈瑞はひたすらに家へ駆けていった。
「少しは気が晴れたか?」
夜風に吹かれながら賈薔が聞いた。
「少しはね」
賈蓉は微笑みながらうつむく。
「なぜ、あいつのなされるがままにされた?」
賈薔は顔をしかめる。
「俺が止めなかったらおまえは……」
「汚されたかったんだ」
賈蓉は微笑む。
「汚されたかったんだ。僕も」
「……そうか」
賈薔は遥か寧府を見やった。宵の明星が小さく瞬いていた。




