第十二回 11
賈瑞は固まったままでいた。この家らしくもない、豪勢な食事が並べられても、箸をつけようとさえしない。
「天昇、どこか具合でも悪いのかい?」
そう字で尋ねられ、無理やり口の中に物を詰めこんだ。
そうしている間にもじりじりと刻はすぎてゆく。あれほど約を違えぬと熙鳳に誓ったのに、このままでは叱られてしまう。一世一代の機会を逃してしまう。
夜は更け、親戚は三々五々家へ帰っていく。
だが、それでも賈瑞は熙鳳のもとに行くわけにはいかなかった。代儒がまだ晩酌を続けていたからだ。推何が傍について酌をしていたが、横から割りこむように、
「太爺さま、私からも一献」
と酒を注いだが代儒にはねのけられた。
「おまえは客には愛想が悪いくせに、わけもなく儂にすり寄るつもりか! そんな暇があれば早く寝ろ!」
と一喝され、しぶしぶ衾へもぐりこんだ。むろん眠れるはずもなく、隣室に灯が消えるのを今か今かと待っていた。
ようやく灯が消え、代儒が上房へ向かったのが分かると、やおら床から起き出し、かかとを浮かせるようにして、戸口までたどり着いた。が、背中から擦れるような音がし、さっと振り向く。
「賈瑞さま、どちらへ」
推何が寝ぼけまなこをこすりながら尋ねた。
「か、厠だよ」
「……そうですか。お気をつけて」
推何はそれだけを言って再び闇へ戻っていく。
「よし」
賈瑞は一言つぶやき、そのまま家を抜け出した。
栄府へまんまと忍び込むと、手探りで熙鳳の上房の裏の路地へとたどり着き、苔で湿った足もとにすべりながら、ようやく目あての場所を探し当てた。
なるほど、あちこちに蜘蛛の巣が張っていて、床には埃が雪のように降り積もっている。誰もこんなところなど気も留めないに違いない。
「嫂子さま……嫂子さま」
そう呼びながら、狭い一室をうろうろしたが、どこにも人影はなく、物音ひとつしなかった。賈瑞はこう思わずにいられなかった。
「まさか、また来ないつもりじゃないだろうな。今夜もまた一晩中凍えないといけないのか……」




