第十二回 10
「約を違えたわね」
王熙鳳は賈瑞から顔をそむけながら言った。
「そんなつもりでは……」
賈瑞は額を緋毛氈にこすりつけるようにして言った。
「言葉だけで信じられると思う?」
熙鳳の恨めしげな口ぶりに、賈瑞は震えながら言った。
「もう……けして……背きません」
「嘘はないわね」
熙鳳はついに振り向き賈瑞を見据えた。賈瑞は深くうなずく。
「……今夜はこの前のところじゃ嫌」
「なぜです?」
「それはね……」
熙鳳はそっと耳打ちした。
「もっといいところがあるからよ」
そっと後ずさり、熙鳳は賈瑞に流し目を送る。賈瑞は思わず体を乗りだした。
「この房の裏の細い通路の先よ。そこで待っていて。おとなしくしていれば、……すぐよ」
「それは……信じていいですか」
「あなたを騙したりなんかしないわ。信じられないなら来なくてもよくってよ」
賈瑞は慌てて言った。
「行きます。行きます。行きますとも!」
熙鳳は静かに言った。
「それではもう帰りなさい」
賈瑞は拝手し、足取り軽く去っていった。
彼の影まで消えてしまったのを確かめてから、熙鳳は言った。
「平児」
忠実な通房丫頭が進み出る。
「蓉ちゃんを呼んでちょうだい」
――また何かあったわね。
推何は眉をひそめた。賈瑞は見るからに浮かれていた。
暇さえあれば鏡の前に立ち、いくつもの衣服を見繕う。
何にも増して推何が苛立つのは、推何に着替えの手伝いをさせないことだった。
――今朝はしつこいほど手伝わせたのに。
一度気になってしまうと、縫い物も、食事の支度も手につかない。
――どこに行って何をなさるつもりかしら。
推何が悶々としていると、代儒に呼びつけられた。唇を噛み、顔を伏せながら代儒に随いてゆく。
冷ややかな風の吹く夕刻、賈瑞の上房に戻った推何はにこやかに言った。
「賈瑞さま、親戚の皆さまがお越しです」




