第十二回 8
「賈代儒さまは大そうお腹立ちです」
推何はほうほうの体で帰宅した賈瑞にそっと声をかけた。
賈瑞は戸外に冷や汗をかきながら、
「どうすればいい?」
と尋ねた。推何はぷいと横を向きながら、
「私には思案のしようもございません」
と言い、去っていった。賈瑞は限りなく疲れ果てた頭を働かせてみたが、出てきたのはちんけな言い訳だけだった。
「……舅舅の家に行っておりました。知らぬ間にひどく暗くなりましたので、そのまま一晩泊って行けと」
賈代儒は樫の杖を賈瑞の鼻先に突きつけながら怒鳴った。
「一つ」賈代儒は指を一本出した。「おまえはなぜ勝手に出かけた? 外に出るときは、必ず儂に伝えるように言うておったろうが!」
賈瑞は口を開こうとしたが、その前に樫の杖がとんできた。
「これはその怠慢の分じゃ!」
代儒の杖は容赦なく賈瑞を打ちつけた。
「そしてもう一つ」代儒は賈瑞へにじり寄り、「舅舅とはどこの舅舅じゃ!」
今度は杖が背を打ちつける。一度、二度、三度。
「この嘘つきめが!」
代儒は賈瑞を蹴飛ばした。賈瑞は頬から凍土へ倒れ込む。
「嘘つきめ。嘘つきめ。救いようのない噓つきめ!」
代儒は幾度も、幾度も賈瑞を打ちつけた。賈瑞は代儒に謝り続け、打ち据えられた回数をひたすらに数えていた。
それが四十に届いたころ、ようやく代儒の手が止まった。
「これを読め」
代儒は書を投げ出した。
「……左伝?」
「これを読め、儂がいいと言うまで読み続けろ。それから……」
目の前に四書五経が広げられる。
「十日分だ。十日分これを書き写せ」
賈瑞に従わぬという法はなかった。雪のちらつく中、
「い、隱公元年……」
と誦しはじめた。涸れるほどの空腹の中、幾刻を過ぎても、代儒から「諾」の声は出なかった。
嵐のような強い風が西から吹きつけ、賈瑞を痛めつけた。
炭櫃の燃える房から推何はそれを眺めていた。
「いい気味だわ」
そう薄く笑うと、涙がこぼれた。




