第十二回 7
賈瑞はあたりを見回した。
あるのはただ暗がりばかり。人どころか先ほどいた、猫の姿すら見えない。
「姐姐……」
賈瑞は小声で熙鳳を呼んだ。
「姐姐……姐姐」
賈瑞は何度も何度も熙鳳を呼ぶ。だが、それに応えるのは足下に朽葉が擦れる音だけだった。
賈瑞は一つ白い息をついた。そのまま、じりじりと門へ近寄り、そっと内から揺すったが、固く鎖されてびくともしなかった。
賈瑞はやおら天を仰いだ。四方は壁に囲まれ、塀をのりこえようにも足がかりすらない。あたりには身をもたれるものすらなく、がらんとしていた。
折しも臘月の寒さである。上には北風が鳴り響き、地には霜が降りてしまっていた。賈瑞は身を縮めながら骨ごと裂かれそうなほど凍えていた。
一夜は千秋を待つより長かった。賈瑞は歯を食いしばり、ひたすら日が昇るまでこの極寒をこらえ続けた。
夜明けごろ、賈瑞はまどろみながら、東の門がじりじりと開いていくのを見た。老婆がそっと穿堂へ入ってくる。賈瑞は身を隠しながら老婆が西門を開けようとするのを眺めていた。老婆がこちらへ背を向けたのを確かめ、煙のように駆けだし、裏門から一気に抜け出した。
「家へ戻ろう。……家へ。家へ」
賈瑞はそうつぶやきながら長い家路を急いだ。
賈代儒は一晩の間、落ち着かずにいた。
賈代儒の妻は代儒をなだめることもできず、おろおろするばかりだった。
「あのたわけが! どうせどこかで酒を飲んでいるのに違いあるまい」
妻はおずおずと言った。
「あなた、あの子は下戸ですよ。お酒なんぞ飲めません」
「それならどこかでなけなしの銭を賭けておるのだ」
代儒は吐き捨てた。
「……そもそもうちに賭けのタネになるようなお銭がありませんわ」
「ふんっ」
賈代儒は鼻を鳴らし、
「それなら妓楼で遊んでおるのだろう。女を買っているのに違いないわ!」
賈代儒は地団駄を踏んだが、妻からは何も返ってこない。
そんな騒ぎのなか、推何は隅でほくそ笑んだ。
「あなたみたいな老学儒に、あの人の愚かさが分かるはずないわ」




