第十二回 6
刻は初更の迫るころ、賈瑞は闇に紛れて栄府の門のそばまでたどり着いていた。
己が胸の高鳴るのが分かる。若い門子があくびをしながら鐘楼の方を見やった。
「もう少しですね」
門子はもう一人に声をかける。もう一人の門子はやや年かさで四十には届かぬように思われた。
「ああ、冷えてきた。じゃあ、そろそろ戻るか」
若い方は寒さで赤くなった手に息を吐きかけながら言った。
「ええ? まだ銅鑼は鳴っていませんよ」
「あの奶奶がいったん戻るようにとの仰せだ」
年かさの門子は門扉に背をもたれかける。
若者は舌打ちをしながら、
「ここに一人で残れということですか?」
ともう一人を睨めつけた。
「二人ともいったん戻れと言われている」
「なぜ?」
「さあ?」
年かさの門子はおどけるように言った。
「なぜかは知らん。だが、命に違えば罰をうけるのはたしかだ。俺たちはただ従うだけでいいのさ」
若者は首をかしげながら、もう一人の門子と去って行った。
――今だ!
賈瑞は門を走り抜け、穿堂へと潜りこんだ。しばらくして初更を告げる銅鑼が穿堂の壁に響く。
賈母のところへ続く門はすでに閉ざされていた。先ほどの東の門だけが闇に向かって開いている。
上を仰げば灰色の薄雲が幾筋も四角い空になびいていた。
賈瑞は身をかがめ、刻の過ぎるのを待つ。
不意に何者とも知れぬうめき声が聞こえた。
「ひいっ」
賈瑞は頭を抱えて小さくなる。
うめき声はやがて泣き声へと変わり、賈瑞を八方から襲った。
賈瑞はがたがた震えながら地にしばらく伏したままでいた。髪に何かが触れた感触がして、賈瑞はおそるおそる顔をあげた。
賈瑞の鼻先を一匹の獣が横切っていく。
「なんだ、猫か」
賈瑞が安堵の息を漏らすと、ごとりと大きな音が聞こえた。東の門が鎖された音だった。




