第十二回 5
敷居に躓いた主を両手で受け止める。
次第にその重さは推何の肩へとのめりこみ、頭二つ背の高い賈瑞をどうにか小さな体で支えた。
「瑞さま、ほら、きちんと立っていただかなければ」
「え?」
「もう……寝る。床へ連れていってくれ」
「まだお午を過ぎていませんが……」
「……早く」
「栄府に行かれてきたのですか?」
賈瑞からは何も返ってこない。推何はため息をつきながら、賈瑞の脇へ腕を通した。そのまま体ごと持ち上げるようにして、ふらつきながら床へとたどり着き、半ば落とすようにして賈瑞の身を離した。
賈瑞は半回転して床にあおむけになる。
「何でこんな早くから……」
推何が言いかけると、
「あの錦の着物を支度しておいてくれ」
「どこに行かれるおつもりです? あれはめったな祝宴では出さぬようにと賈代儒さまが……」
「いいから!」
強い口ぶりに推何も抗いきれず、奥から赤地に金の刺繍の入った錦の着物を取り出す。
「これでございますか?」
そう推何は聞いたが、返ってきたのは静かな寝息だけだった。
推何はため息をつきながら、着物の埃を払った。
賈瑞が起き出したのはあたかも夕刻になろうとするころだった。
「着替えさせてくれ」
賈瑞が両手を伸ばすと、
「……ご自身でお着替えください」
推何は縫い物の手を止めずに言う。だが、賈瑞は手を伸ばしたまま動かない。
推何はこらえきれず針と糸を置き、乱雑に錦の着物へと着替えさせた。
「襟が……」
賈瑞は指さすが、推何はそっぽを向いてしまう。しぶしぶといった様子で賈瑞は姿見の前に立ち、着物の袖で鏡を拭いた。
日が沈みかけている。
「今からお出かけになるつもりですか?」
賈瑞が口を開きかけると、推何はすかさず、
「どこに行かれるのか、推何は聞きたくありません。そのままお行きください」
と言い放った。賈瑞はまるで夢のなかにでもいるかのようにふらふらと、鴨居をくぐっていった。
「……『夜道で錦を着て歩くがごとし』とはまさにこのことだわ」
沈みかけた日輪が朱の光を放ち始め、賈瑞の背を照らしていた。




