第十二回 4
賈瑞は熙鳳がそう言うのを聞いて、胸をずんと突き刺されたような気持ちになり、思わず身を乗り出した。
目を細めながら、熙鳳が腰につけている五彩の荷包に顔を近づけていく。
「あいつったら、奶奶に何をするつもり!」
豊児が頬を紅潮させながらいきり立つ。
「待ちなさい」
平児が静かに言う。
「……奶奶にお任せしましょう」
賈瑞は頬をゆるませながら、
「どんな指輪をされているんです?」
とおもむろに熙鳳の手をとろうとする。
「あ!」
豊児は小さく叫び、身を乗り出そうとしたが、平児に肩を抑えつけられた。豊児はきっ、と睨みつけたが、
「……私だって腹に据えかねているのよ」
と平児がこぼすと、豊児はおとなしく座りなおした。
賈瑞のぬらりとした指が熙鳳の方へ伸びてゆく。
熙鳳はそれをそっと跳ね除け、そっと言った。
「少しは慎みなさい。丫鬟たちに見られてるわ」
熙鳳は正面の幕を見やった。熙鳳の目くばせに、幕の合間から平児も小さくうなずく。
賈瑞はさっと振り返った。熙鳳は薄く微笑む。
「どうしたの? 私は天子さまでも御仏でもないわ。私なんかが言ったことでそんなに驚かなくてもいいじゃない」
そしてこう続けた。
「もうお帰り」
「もう少しだけここにいさせてくださいよ。つれない嫂子」
その刹那、幕がわずかに揺れた。
「何をしているの!」
飛び出そうとする豊児に平児は声を殺しながら叱責する。
「だって、もう私、我慢ができません」
「馬鹿ね」
平児は唇を閉じたまま笑った。
「獲物がかかったのよ。ようやく」
賈瑞を間において、熙鳳と平児、主従の視線が合わさった。
熙鳳は賈瑞に身を近づけ、耳元でささやいた。
「まだ日が高いわ。人の出入りも多い。それに、ここじゃだめ。夜に――、初更になってから来なさい」
熙鳳はゆっくりとささやく。
「忘れないで。初更に。西の穿堂で」
賈瑞は珍宝を掌中にしたような思いにかられたが、慌てて言った。
「騙すのはなしですよ!」
熙鳳はゆっくりと微笑む。それを見て、賈瑞は満面の笑みを浮かべながら尋ねた。
「でも、あそこは人が多いでしょう? どうやって隠れたらいいんです?」
熙鳳は言った。
「心配ないわ。夜番の小廝たちは帰らせておくから。そのまま両の門を閉める。そうすれば、あそこには誰もいなくなるわ」
賈瑞は飛び上がらんばかりに喜び、別れを告げて去って行った。




