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紅楼夢  作者: 翡翠
第三回 如海(じょかい)内兄(ないけい)に託し 西賓(せいひん)を薦(すす)め 賈母(かぼ)外孫(がいそん)に接し 孤女(こじょ)を惜(お)しむ
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第三回 5

そう思っていると、媳婦にょうぼうや侍女が一人の美しい女性を取り囲むようにして、奥の扉から入ってくる。

 そのいでたちはさきほどの迎春たちとはまったく異なっていた。そのまとっているきらびやかな刺繍はまるで仙女のようだった。頭には金の刺繍の入った八宝はっぽうをあしらい、朝日を背にした五鳳のかんざし、その首には崇高そうな二匹の蛟が絡み合うようにして首飾りとして鎮座していた。スカート美雲びうんの沸き立つようなつややかな絹で仕立てられている。上着には金糸きんしの蝶が舞い、さらにその上には銀鼠しろりすの皮でつくられた上衣じょういを重ね着していた。

 鳳凰のように目は鋭くつりあがり、柳眉りゅうびは鋭角に逆立っていたが、その容姿ようしはすらっとしていて、垢ぬけており、その肌の白さにはどこか春の余情があり、彼女の内に秘めているだろう険の強さをすっかり覆い隠している。その朱いくちびるからはいつでも笑い声が聞こえてきそうだった。

 黛玉はすっと立ち上がって、女性を出迎えると、賈母おばあさまはそれを押しとどめるように笑いながら、

熙鳳あれのことはよく知らないだろう? 熙鳳これ賈家うち潑辣貨じゃじゃうまそっちで俗に言う「辣子ラーズ」さ。鳳辣子からしのほうとでも呼べばいい」

 と冗談じょうだんめかして言われたが、明らかに目上であろう女性を、潑辣貨じゃじゃうまとも、辣子とうがらしとも、鳳辣子からしのほうとも呼べるはずがない。黛玉が戸惑とまどっていると、探春が「賈璉かれんさまのところのおねえさま。王熙鳳とおっしゃるのよ」と耳打ちしてくれた。

 その名前なら母から聞いたことがあった。賈赦伯父かしゃおじ子息しそく、賈璉の奥方おくがたで、二の伯母おばである王氏の姪であるということ、男子なんしと同じように育てられ、学名なまえ王熙鳳おうきほうということを教えられていた。

 黛玉はすぐに彼女のもとへ近づき、「おねえさま」と笑みをたたえながら呼びかけた。すると熙鳳は上から下まで黛玉を眺め、すっと手を取ると、また賈母おばあさまのところにいざない、座らせ、笑いながら言った。

「この世にこんなに美しい人がいるのですねぇ。こんな方、私今までみたこともないわ。それにこの立ち振る舞い。さすがは祖宗そそうさまの外孫そとまご、いえ嫡孫ちゃくそん。どうりで老祖宗そそうさまが日がなお名前を口に出してお忘れにならなかったわけね。それにしても妹妹おじょうさまはおかわいそうに。いったいなぜ姑媽おばさまは亡くなってしまわれたの!」

 そう言いながら熙鳳は涙を手巾ハンカチでぬぐった。賈母おばあさまは笑いながら、

「私はようやくそれを忘れかけていたのに、またあんたが泣かせようとするのかい? それにあんたの妹も長旅で、体も弱く、やっとなだめて落ち着かせたところだったんだから。もうよしておくれ」

 それを聞いて、熙鳳は悲しみの顔から笑顔に変わり、「そうね。たいぎょくに会って気が動転どうてんしておりました。自分ばかり嬉しがったり、悲しがったり、老祖宗あるじのお気持ちを置き去りにしておりました。お許しください」

 そう言うと、今度は黛玉の手をとって尋ねた。

「あなたはおいくつ? 勉強はどこまで進まれてるの? お薬は何をお飲み? ここではご実家のことは忘れて、食べたい物、遊びたいときがあったらいつでも私に言って。侍女やばあやたちがいたらないときも私に言うのよ」

 そう言って今度は召使たちの方を向いた。

「林お嬢さまのお荷物は運んだ? お付きは何人つけるつもり? 一刻も早くあの二間ふたまを掃除して、この人たちを休ませてあげなさい」


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