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紅楼夢  作者: 翡翠
第三回 如海(じょかい)内兄(ないけい)に託し 西賓(せいひん)を薦(すす)め 賈母(かぼ)外孫(がいそん)に接し 孤女(こじょ)を惜(お)しむ
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第三回 4

 すぐさま返事が聞こえ、二人が連れだって呼びにいく。

 しばらくして三人の乳母うばと五六人の年若い侍女が三姉妹を取り囲むようにやってきた。一人目の迎春は、ややふっくらとして、容姿端麗ようしたんれい、肌は折り取ったばかりの茘枝のようにみずみずしく、鼻は鵞鳥がちょうの油のごとく透き通るように白く、しっとりとしている。穏やかでおとなしそうに見え、親しみやすい感じだった。二人目の探春たんしゅんは撫で肩で腰はほっそりとしていて、すらりと背が高く、そのかんばせ家鴨あひるの卵のように面長だった。目元は涼やかで、すっきりとした眉、優雅な立ち居振る舞いで、この世のものとは思えない。三人目の惜春せきしゅんは年若く、まだ小柄こがらで三者三様であるが、そのかんざしみみかざり、衣服にいたるまでみなおそろいだった。

黛玉はすぐに立ち上がって、三姉妹を迎え、挨拶を交わし、紹介をすませると各々(おのおの)腰かけた。侍女たちがお茶を運んで来、黛玉の母がどんな病気で、どんな薬を飲み、どのように亡くなって葬儀そうぎり行ったのかを話しただけで、賈母おばあさまは再び悲しみがこみ上げてきて、言った。

「私の子どもたちのうち、あなたのお母さまだけをひどく不憫ふびんに思っていました。今、私より先に亡くなってしまい、もはや会うこともできません。そんな中、こうして忘れ形見のあなたに会えたのです。悲しまずにはいられません」

 そう言いながら、黛玉をかき寄せ、その胸に抱きまたむせび泣いた。周りの侍女たちや三姉妹がそれぞれなぐさめ、ようやく史太君したいくんの涙もおさまった。

 栄国府の人々はこれまでの黛玉の境遇きょうぐうや、揚州ようしゅうからの旅程を思い、慰めの優しい言葉をかけるのだったが、その一言一言に黛玉は揺るぐことなく返答し、彼らを驚かせたのだった。

「あなた、何かご病気をお持ちでいらっしゃるの?」

 探春がぶしつけに聞く。史太君の深いしわのうちから鋭いまなざしが飛んだ。

「だって、そうじゃないの。ここにいる誰よりも年若く、幼くいらっしゃるはずなのに、これだけ受け答えがきちんとしておられるんですもの。それだけのご苦労をしていらっしゃるに違いないわ」

 探春の問いかけは、そこにいる誰もが心にかっていたことではあった。ただ黛玉の境遇に遠慮をして言わなかっただけである。

 史太君したいくんは探春を軽く叱責してから言った。

「長旅と母君への想いで黛玉あなたの心は疲れ、痛んでいることでしょう。そんな心苦しい質問に答えることはありません」

 だが、黛玉はそれを押しとどめるように言った。

「いいえ、おばあさま。かまいませんわ。深春姐姐おねえさまの言うとおりですもの。私には幼いときからの病がございます」

 黛玉のそつのないいらえにも、探春の容赦ようしゃない追撃ついげきがくる。

「それならどうしてご病気を治されようとしないの? お薬は飲まれているの?」

「……ええ」

 黛玉は少し目を伏せた。

「お薬なら物が食べられるようになってからこのかた、ずっと服用しております」

「それではなぜ良くならないのかしら」

 惜春があっけらかんと言う。

「私にも分かりません」と黛玉は答えて、思い出したように、「聞くところによると、三歳のころ疱瘡ほうそうを患ったお坊さんが訪れてこう言ったそうです。「このお嬢さんを私に預けてください。お嬢さんを手放さないとご病気は一生良くならないでしょう」と。両親がそれを断ると、「それならば生涯泣き声を聞かせてはなりません。ご両親以外は親戚であれ、他の親しい方であれ、一切会わせてはなりません。そうしなければ一生を安らかに送ることは不可能でしょう」と言われたらしいのです。正気の沙汰とは思えないそんな話をするものですから、誰も相手にしませんでした」

 どことなく不穏で、不吉な話に、その場は水を打ったように静まりかえってしまった。

林小姐おじょうさんはどんな薬を服用していらっしゃるの?」

 悪い雰囲気を察してか、迎春がつとめて明るく言った。

人参養栄丸にんじんようえいがんを毎食後に飲んでおります」

「それは良かった」賈母おばあさまが言った。「うちでもその丸薬を作っているから、一人分多く用意させましょう」

 言い終わらないうちに、奥の庭から笑い声が聞こえてくる。

「遅れちゃったわ。ごめんなさい。遠くからのお客さまをお迎えしないといけないのに」

 黛玉は首を傾げた。

「どうしてみんな息をひそめるように押し黙っちゃったんだろう。やってきたのは誰かしら。こんな勝手気ままなふるまいをなさるなんて」


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