第三回 3
黛玉を乗せた轎はきらびやかな正門を通り過ぎ、角門から入っていく。轎引きたちは轎を担いだまま、きっちり一矢の届く距離だけ、百歩ほどを進む。角まで来るとそのまま轎を降ろした。後方にいたはずの婆子たちもいつの間にか先に轎から降りていた。と思えば、すぐに十七八歳の小者がやってきて新たに轎をかついでいく。婆子たちも後に続いた。瞬きするほどの鮮やかな色彩の垂花門の前まで来ると、小者たちは静かに轎を降ろし、婆子がゆっくりと轎の簾をあげた。
黛玉は婆子に手を取られながら、半円型の垂花門を進んでいく。両側は抄手回廊の造りになっており、正面には穿堂が建てられ、床には紫檀の台に置かれた大理石の挿屛。そこを回ると三間にもおよぶ広間があり、広間を抜けるとそこが正房と大院になっていた。正面の五間もの正房は梁や棟木に彫刻が施され、風通しのよい穿山遊廊がある両側の部屋には鸚鵡やツグミの籠がかけられていた。
黛玉は屋敷のきらびやかさ、もてなしの仰々(ぎょうぎょう)しさにまたも胃が痛んできて、林家から連れ添ってきた乳母の手を誰にも見えないようにそっと握った。
そんな黛玉の緊張を感じ取ったのか、入り口の石段で出迎えてくれた美しく着飾った侍女たちも柔和に笑いかけてくれた。
「大奥さまもずっとお嬢さまのことをお待ちかねでしたよ」
我先にと侍女たちが垂れ幕をあげると、「林お嬢さまがお着きです」という声が中から聞こえる。
部屋に入ると両脇を支えられた銀髪の女性が出迎えた。黛玉はすぐにそれが外祖母であることに気づいた。拝礼をしようと身をかがめると、その間もなくきつく抱きしめられた。「ああ、愛しき我が子!」と叫ぶなり、大声で泣いた。周りの人々も、そして黛玉自身も祖母とは初めて会ったはずなのに涙があふれて止まらなかった。人々になだめられ、ようやく落ち着くと黛玉はあらためて拝礼をした。
賈母は「これは上のおばさま。これは二のおばさま。そして亡くなった珠兄さまのお嫁さんだよ」と指さして教える。黛玉は都度人々に拝礼し、それが終わってしまうと賈母は叫んだ。
「うちの嬢ちゃんたちを呼んでおいで! 今日は大切なお客さまがおいでだから、勉強はいい、とね」
すぐさま返事が聞こえ、二人が連れだって呼びにいく。
しばらくして三人の乳母と五六人の年若い侍女が三姉妹を取り囲むようにやってきた。