第三回 1
雨村が振り返ってみると、誰あろう同僚であり、ともに帝から弾劾された張如圭であった。如圭はここ揚州の出身であり、ことが起こってからは郷里へ引っ込んでいたが、都で排斥された官の復職の動きがあると知るや、方々に手を回していたところ、ばったり雨村に出会ったので、早々とお祝いの言葉を述べたのだった。久々の挨拶もそこそこに如圭がその件を伝え、雨村はおおいに喜んだ。
だが、もう日暮れにさしかかっていたので、如圭と別れ、帰路についた。人目もつかぬ夕闇のなか、子興がそっと雨村へ耳打ちした。
「如海さまへ口添えをお頼みなさい」
如海の義兄、賈政は員外郎の官までのぼっている。彼に頼めば復職も容易だろう。雨村は浮き立つ胸を押さえられないまま、帰宅してすぐ、邸報の該当する箇所を何度も熟読し、如圭の知らせが間違っていなかったことを確かめた。が、如海が本当に賈政の姻戚なのか、まだ半信半疑だったため、期待と不安で雨村は眠れぬ一夜を過ごすはめになった。
翌日、如海にそのことを相談すると、「それは天の配剤というべきです。妻が亡くなってからというもの、都にいる岳母から黛玉が頼るものがいないのではと心配してしきりに迎えの人を寄こしてくれていたのですが、黛玉の病が治りきっていなかったので、出立をためらっていたところでした。これまで先生から娘にいただいたご教授のお返しをできていなかったこと、そして今その機会を得たことはこの上ない幸運です。わたくしはすでに内兄に先生を推薦してもらえるよう取り計らっております」
雨村は深々と頭を下げ、ひっきりなしに礼を述べながらおずおずと尋ねた。
「ですが、その家のご主人は現在どのような官職についておられるのでしょうか? 私のような行き届かない人間がご迷惑をおかけすることはないかと心配です」
如海はそんな雨村を笑って、
「心配いりません。尊兄と同じ賈姓の人間ですから。かの栄国公の孫にあたる人です。上の内兄は一等将軍を受け継ぎ、名を赦、字を恩公と言います。二の内兄の名は政、字を存周。工部員外郎を務め、謙虚で情に厚く、祖父の遺風を良く継いでおられ、ただの軽薄な役人ではありません。そういう人物だからこそ私も内兄に依頼したのです。尊兄のこれまでのご厚意を汚すような真似はいたしません」
雨村は聞き終わると、昨日の子興の言葉に間違いはなかったと思い、如海に礼を述べた。如海はつづけて、「来月の二日に娘を都に出立させる手筈ができております。吾兄もご同行いただければご都合がいいのではないでしょうか?」
雨村はその申し出をすんなりと受け入れ、すっかり満たされた気持ちになった。如海は餞別の品をあたえ、宴をもよおし、雨村はそれをありがたくいただいた。