第二回 6
「それなら賈家だって負けてません。政さまの長女は元春と言い、その賢徳のために入宮し、女史となっておられます。二人目のお嬢さまは赦さまの妾腹で迎春という名です。三番目のお嬢さまは政さまの妾腹で探春。四番目のお嬢さまは寧国府の珍さまと同腹で惜春と申されます。史夫人は孫娘であるこの四人をことに可愛がり、のみならず四人のお嬢さまいずれも勉学に励み、その才は抜きんでておられるとか」
「それなら甄家のやり方のほうがいっそう優れているね。女児の名は男子の名と同じように付け、世間のように「春」、「紅」、「香」、「玉」といった艶やかな文字は使っていない。だが、他家ならともかく、なぜあの賈の家ともあろうものがそんな習わしにひたっておられるのか」
雨村の深い嘆息へ子興が代弁するように頭をふった。
「いいえ。元春という名は正月一月一日にお生まれになったため、そうお付けになったのです。その後の女の子に「春」の字が使ってあるのも、それにちなんでいるにすぎません。上の世代の方々はきちんと男子と同じようにされておられますよ。その証拠にあなたのご主人、林家の奥さまは、政、赦の兄弟と同腹の妹御ですが、実家におられたときには賈敏と呼ばれていました。ご不信なら、主家に戻られていろいろと聞いてみられるとよろしい」
「なるほどねぇ。道理であの優等生の黛玉がいつも「敏」の字を「密」と読み替えていたわけだ。敏の字を二画ほど減らすこともあった。あれだけ優れた子がどうしてそんなことをするのか不思議に思っていたんだが、これで合点がいった」
雨村は膝をうった。子は親や親戚の諱を忌避する。雨村は黛玉の聡明さにも、栄国府が堕落していなかったことにも胸をなでおろした。
「それと黛玉(あの子)の立ち居振る舞いが普通でないのにも納得だね。思っていたとおり、この母ありてこの子ありってことだ。まして栄国府の外孫ならさもありなん。惜しむらくはその母御が先月亡くなってしまったことだね」
子興はため息をついた。
「あのご姉妹の一番末の方まで亡くなってしまいましたか。敏さまが最後のおひとりでしたが……。それでは今の若い方々はどのような東床をお迎えになられますかね」
「まったく」雨村は返すようにため息をつくと、「ところで政さまには例の“玉”の子と長男の遺児がおありということだったが、赦さまには誰もおられないのかい?」
と尋ねた。
「政さまは“玉”のお子のあとに妾腹の子が一人おできになりました。その妾腹のお子のことについては私は深く存じません。目下、子がお二人、孫がお一人というわけですが、さて先ざきどうなることやら。賈赦さまの方はかの女子の他に賈璉さまというお子がおられ、二十歳になられます。政さまの奥方、王夫人の姪御を娶られ、もう二年が経ちました。璉さまはすでに同知の官位を買っておられ、学問はやはり好まぬ様子。その代わり世情に敏感で口もうまいという具合です。そのため今は政叔父の邸に住まい、家政を捌いていらっしゃいました。ですが、その璉さまが夫人を娶られるや、その上から下まで夫人を誉めそやさない者はなく、蓮さまの存在感がうすくなっているようです。夫人はただ美しいだけではなく、口から出る言葉は立て板に水を流すよう。細かいところに気が付く、その辺の男が束になってかかってもおよばないそうですよ」
雨村は聞き終わると、笑った。
「ほら、私の言ったことは間違っていなかったろう。君が言った人々は「正」「邪」それぞれそなえている人々と似通っているようだ」
「まあまあ。正だろうが邪だろうが、しょせん他の家のことです。ほら、もう一杯」
「あ、いけない。話に夢中でつい飲みすぎてしまった」
雨村は少し照れながら盃を前に出した。子興は笑って、
「いやいや。他人の噂話ほど酒の肴にふさわしいものはありません。どんどんお飲みになってください」
雨村は粗末な酒店の庇を仰ぎながら、
「おや、空もすっかり暗くなってしまった。そろそろ城門も閉まるころだ。この続きは城内で催すことにしよう」
二人は勘定を済ませてしまうと、そのまま帰路へ着こうとした。だが、後ろから呼び止める声がある。
「雨村さん。おめでとう! 良い知らせがありますよ」
雨村が驚いて後ろを振り向くと……。