第九回 6
そこはそれほど遠いところではなく、栄国府からわずか一里ほどのところにあった。
土壁に囲まれた家塾にたどり着くと、白く長い髭を蓄えた老人が出迎えた。
この家塾の塾長、賈代儒であった。代儒は深い眉間の皺をさらに深くし、一行を睨めつけた。宝玉は慌てて拝手し、秦鐘もそれに続いた。
「この義学は始祖が設けられたもので、一族の子弟のなかで貧しく、師に教えを請えない者があればここで学べるようにしたものです」
老人は秦鐘をじろりと見やる。秦鐘は顔を伏せ、頬を紅潮させた。
「この義学は賈氏の一族のなかで官職を持たれている方の有志によって成り立っております。そのことをゆめゆめお忘れなきよう」
宝玉は「はい」と返事をし、秦鐘もそれに続く。
老人に連れられながら、中に入ると家塾の面々はにわかに色めきだった。
言うまでもなく宝玉、秦鐘の二人がまるで女の子かのように美しかったからである。
二人は一同に挨拶を済ませ、席に着く。
賈代儒は咳払いをすると、
「新しい二人が来られたので、まずは論語の冒頭から始めよう。子曰く、学びて之を習ふ、亦た説ばしからずや……」
宝玉は渋い顔になりかけたが、ようやく表情を整え、賈代儒に続けて復唱する。
「子曰く、学びて之を習ふ、亦た説ばしからずや……」
これから宝玉と秦鐘の家塾通いが始まった。
賈母が秦鐘を慈しむことひとしおで、暇さえあれば秦鐘を栄国府へ留めおこうとした。
「今日は遅くなったから泊っておいき」
秦鐘もそう勧められると断ることもできず、初めは週一度程度だったものが、三日になり、五日になり、まるで本物の曾孫であるかのように可愛がった。
また、秦鐘があまり裕福でないこと、衣服や履物もぼろぼろだったので、それらも新しいものを与えるというほどに厚く遇した。そんなことが続くうちに秦鐘はすっかり栄国府になじんでしまった。
そうしているうちに宝玉も、もともと身分やしきたりなどにかまわないたちなので、ひたすら自分の思うがままに振舞いたくなり、秦鐘にこうささやいた。
「ぼくたちは同じ歳で、同じ机を並べる仲間なんだから、叔父甥の関係なんて忘れて、兄弟や朋友としてつき合おうよ」
はじめは秦鐘もなかなか首を縦に振らなかったが、宝玉の方が「兄弟」だとか「鯨卿」と彼の表字で呼ぶので、宝玉がしつこく食い下がるのに抗しきれず、くだけた呼び方と、敬称がないまぜになるのを免れなくなった。