第九回 4
賈政は大声で「宝玉と一緒に行くのは誰だ!」と叫んだ。
すると三、四人の巨躯が入ってき、拱手したのち拝礼した。賈政は面々を見回すと、見知ったものの名前を呼んだ。
「李貴!」
「は、はい」
李貴は思わず青ざめた。
「これからおまえらは日がな一日宝玉の尻にくっついて家塾へ通うんだろうが、あんなやつに何を学ばせるつもりだ? くだらん噂やでたらめばかり詰めこみおって。李貴! 今に見ておれ。まずはおまえの面の皮をひっぺがし、出来の悪いせがれにもしっかり落とし前をつけさせるぞ!」
これを聞いて李貴は慌てて両膝をつき、跪くと頭を地に打ちつけて叩頭し、ひたすら「はい」と繰り返し、唇を震わせながら言った。
「若君はもう『詩経』の第三巻まで読み終えておられます」
李貴は大きく咳払いをすると、
「呦呦と鹿鳴き、……ええ、荷葉に浮萍、と。この不肖李貴、誓って戯言は申しません」
そう生真面目に言ってのけたが、満場は笑いに包まれた。
賈政もこらえきらずに笑った。
「ほら、皆さまご覧あれ。こやつらは万事このとおり。たとえ三巻といわず三十巻の『詩経』を読んでも、しょせん耳を塞いで鈴を盗むようなもの。単なるごまかしにすぎん。李貴!」
もう一度名を呼ばれて李貴は直立する。
「老先生にわしの言葉を伝えてお頼みしろ。『詩経』や古文など中身の無いものはそこそこにして、ひたすら『四書』を詳しく講じ、暗唱させていただくようにな」
李貴はすぐに「かしこまりました」と答え、しばらく賈政の目を見つめていたが、賈政が何も言わないのを見ると、そのまま退出した。
宝玉は一人、庭の外に立ち、息をひそめて静かに待っていた。
「あ、若君!」
李貴がまぬけにそう呼ぶと、
「ほら、さっさと賈母のところへ戻ろう」
宝玉はそう言うと、さっさと賈政のもとを立ち去った。
李貴たちは衣服の砂をはたきながら歩く。
「若君、お聞きになりましたか? おまえの面の皮をひっぺがす、ですって」
「哥哥、覚えておいて。あそこは荷葉に浮萍じゃなくて、『野の萍を食む』だよ」
李貴は大きな図体を小さくして頭をかきながら、
「それはいいですがね、若君、他の家の奴才は主にくっついて体面をよくしてもらえるもんですが、打たれるだの罵られるだの……、これからはどうか少しくらい憐れんでくださいよ」
宝玉は苦笑しながら言った。
「哥哥ったら、そういじけないで。明日ごちそうするからさ」
「小祖宗、俺たちはごちそうなんて望んじゃいませんよ。ただ一言、二言口添えをですね……」
そんなことを話しながら一行は賈母のもとへ戻ってきた。