第八回 20
日が昇ってすぐ、養生堂までたどり着くと、秦業はそれらしき子どもを探すためにそぞろ歩いた。煙塵が舞うなか、孤児たちは身をひそめながら秦業をにらみつける。
その養生堂の片隅に、十もいかないくらいだろうか。男の子、女の子の兄妹が寄り添うようにして座っていた。
こいつらだ、と思う。着ているものも、身につけているものも、何より、その姿かたち、立ち居振る舞いがおよそ尋常の人間とは異なっていた。
「公子、公女、お迎えにあがりました」
つとめて丁重に言ったが、男の子はまだ警戒を続けていた。対照的に女の子はこちらへ微笑んでいる。秦業も思わず笑みを浮かべた。
「さあ、小生とともに帰りましょう」
男の子はしぶしぶと言った面持ちで、女の子はしっかりと秦業の差し出した手をつなぎ、堂の長のもとへと向かった。
「賈府の使いで参りました。ご子息、ご息女は小生が責任もって送り届けます」
秦業がそっと銀子を袖からすべらせると、堂の長はようやく厄介払いができたとばかりに顔をほころばせ、預かっていた調度品のところへ案内した。
秦業はその調度品の煌びやかさに目を奪われた。柄に龍の装飾をほどこした長剣、金細工に縁どられた鏡、丸められた掛け軸を広げると、発色の良い絵具で美人図が描かれており、
嫩寒鎖夢因春冷,芳氣籠人是酒香
と対聯が添えられていた。他にも黄金の盤、寝椅子など、数え始めれば枚挙にいとまがない。
秦業はこれらを売ればいくらになるだろう、と胸の内で皮算用を始めたが、いや、どんな宝物より、この子どもたちの方に価値があるのだと思いなおし、調度品は秦業の家に送らせることにして、そのまま二人の公子、公女と帰路についた。
その途上のことである。眼前に一人の僧が現れ、二人の子どもを交互に見ながら言った。
「陰と陽。陰と陽じゃわい。情がなければ人の道を歩めず、理がなければ情にほだされる。なんと嘆かわしいことよ」
そう嘆息したのち、女の子をのぞき込むと、
嬝娜にして風流の性あり、と評した。
秦業はその言葉に頷くほかない。たおやかで雅やか。この稚児をあらわすのにこれ以上ふさわしいものはない気がした。
「老師のおっしゃることごもっともにございます。それではこの男の子はどうでしょう」
僧は哄笑し、
「是非に及ばず」
とのみ言った。そして、お主は何一つ分かっておらぬのう、とつけ加えた。
秦業は釈然としないまま家にたどり着いたが、ほどなくして男の子は亡くなってしまった。