第二回 4
「初代の栄国公が亡くなられた後のことはご存知でしょうか?」
「あらかたは知っているつもりだが……」
「栄国公が亡くなられたあと賈代善さまが官位を引き継ぎ、金陵の世継ぎである史家のお嬢さまを娶り、賈赦、賈政という二男をもうけられました。賈代善さまはすでにお亡くなりになっていますが、賈赦さまが官位を引き継がれました。ことに賈政さまは幼いころから学問が非常にお好きで、栄国公や賈代善さまにも大変気に入られておいででした。そんな折、賈代善さまが臨終のとき上奏なされると、そのことに心を痛めた天子さまが、賈赦さまのみならず、学問の名高い賈政さまにも官位を賜るようご下命になったのです」
「そこまでは存じている。ことに賈政さまはかなりの高位にのぼられたということだった」
「ええ、初めは主事に任官されていましたが、すでに員外郎にまでのぼられたとのこと。ご夫人の王氏との間にはご子息は三人おられます。ご長男は賈珠さまで、十四歳で秀才の資格を得られ、二十歳にならないうちに妻を娶り、一粒種を残されましたが、若くして他界されています。二人目はお嬢さまで、それがめでたくも正月元旦のお生まれ。それから末子に男子がおられるのですが、その方がなんと色とりどりの玉を口に含んで生まれてきたそうなんです。その玉の表面にはたくさんの文字が刻んであったということで賈宝玉と名付けられたそうですよ! なんと不思議なことではありませんか」
雨村は笑いながら言った。
「たしかに不思議だ! それだけの生い立ちならきっとただ者じゃないんだろうね」
「ええ、たしかに」
子興は含みのある言い方をした。
「一歳になったとき、この世のあらゆるものを前においてつかませると、他の物にはめもくれず、紅、かんざしやら白粉やら腕輪など女性の道具ばかりおつかみになったそうなんです。それに賈政さまが大変ご立腹されたそうで、こいつは将来きっと酒色にふける輩になるとおっしゃったそうですよ。ところがおばあさまの史太君は大変この子を可愛がられ、目に入れても痛くないと言った様子。七つ、八つになった今では頭がいいばかりかたいそうないたずらっ子で、百人が束になってもかなわないほどです。で、ここから先が振るってるのですが、女の子の身体は水でできてる。男の身体は泥でできてる。ぼくは女の子を見るとさわやかな気持ちになるけど、男を見ると臭くて胸がむかむかする、とのたまってるそうですよ。将来、色魔になるのは間違いなしでしょうね」
雨村は子興の話をさえぎって頭を振った。
「いや、それは違う。あなたたちは、その子の因縁が分かってないのだ。賈政さまも然り。あやまって淫魔のたぐいと見られているようだがそれは違う。学問と修養をきちんとおさめたものでなければその域までは分からない」
子興はいまいち腑に落ちなかったが、その意図を深く知りたいと言った