第八回 14
小丫頭が急いで笠を差し出すと、宝玉は少し頭を下げて、
「かぶせろ」と言った。小丫頭がその真っ赤な猩々氈の笠を広げて宝玉の頭にかぶせようとすると、宝玉は言った。
「やめやめ、このおっちょこちょい! もっとそっとできないのか! もしかして人がかぶるのを見たことがないの? もう自分でやるからいいよ」
宝玉が小丫頭から笠をぶんどるのを見るや、炕の上に立っていた黛玉が言った。
「ぶつぶつ言わないの。こっちおいで。私に見せて」
宝玉は急いで近寄ると、黛玉はそっと手で笠に触れ、そのゆがみを整えた。そのまま笠のつばを抹額の内にたくし入れ、胡桃ほどの濃い紅色の房飾りを持ち上げると、ゆらゆらと揺らしながら笠の外へのぞかせた。黛玉は整え終わると、じっと眺めながら言った。
「これでいいわ。さあ斗篷を羽織って」
宝玉は黛玉に言われるがまま、肩を震わせている小丫頭から斗篷を受け取り、羽織った。
薛のおばさまは慌てて言った。
「あなたたちの付き添いの媽媽たちがまだ来ていないじゃないの。ちょっと待っておきなさい。そんなに遅くはならないから」
薛のおばさまは媽媽を単に「乳母」というつもりで使ったのだが、酔いの回っている宝玉にはそれが媽媽と言われているように思われた。そうすると先ほどの母親然としている李ばあやが浮かんでき、つい、撥ねつけるようにこう言ってしまった。
「いっそこっちから出向いてやりますよ。丫頭たちがいればそれで十分です」
薛のおばさまはそれでも安心できず、二人の側仕えの婦人を同行させ、宝玉、黛玉の兄妹に付き添わせた。二人は礼を言って辞し、まっすぐ賈母の房へ戻って行った。
「あの二人はまだ戻ってこないのかねぇ」
史太君は夕食を眼前に置いたままため息をついた。
「老太太、お二人にはお付きの者がついております。ご心配めされずにまずは夕食をお食べください」
鴛鴦がそう言うのにも頭を振って、
「これほど雪が降っているのですよ。もう夜になろうとしているのに風邪でもひいたらどうするのです」
そう言われて鴛鴦は口をつぐんでしまう。
「兄妹が戻ってこられました」
小者たちが口々に外で言うのに、史太君は急いで腰をあげ、ふらふらと歩いていく。鴛鴦も慌ててそれを追った。
戸口のところに雪にまみれた二人が立ち尽くしているのを見るや、史太君は嬉しいやら、腹立たしいやら、涙を両の目からあふれさせながら、
「まったくおまえたちは何をしていたんだい!」
そう叱りつけると、黛玉が真っ白な顔で言った。
「薛のおばさまのところへ宝の姐姐のお見舞いに行ってきたのです」
史太君はとたんに涙を止め、宝玉と黛玉を抱きしめた・
「なんておまえたちはいい子なんだろう。ほら、寒かったろう。うちで暖まってお行き」
宝玉の頬に自らの頬をこすりつけているうち、宝玉の頬が熱く、酒のにおいがすることに気づいた。さらに宝玉の足もともふらついているのを見ると、
「もうゆっくりお休み。自分の房に戻りなさい」
と頭をなでた。そのままあたりをじろりと睨めつけて、
「こんなにお酒を飲ませたのはいったい誰だい。お付きの者は何をしていたの!」
と叫ぶ。史太君は再びあたりを見回して、
「李ばあやの姿が見えないけれどどうしたの」
と言った。