第八回 11
薛のおばさまが言った。
「あなたって子は身体が弱いんだから、身体を冷やすのは良くないでしょう? それをみんなが気遣う気持ちが分からないの?」
黛玉は笑って答えた。
「おばさまは私がなぜあのようなもの言いをしたのか、ご存じないのです。幸いお優しいおばさまのお宅だから良かったものの、もし他家で同じようなことをしたらお相手はどう思われるでしょう? 『あそこの家には手あぶり一つないと思ったから、わざわざ自分の家から持ってきたのね』と受け取られかねません。そうなれば、うちの丫鬟たちはずいぶん気を回しすぎ、黛玉はわがまま放題の娘だと思われてしまいますわ」
薛のおばさまは笑いながら言った。
「あなたったらそこまで考えちゃうのね。私はこれっぽっちも気にしていないわ」
そんな話をしている間にも、宝玉はもう三杯も酒を飲んでいた。
「いけない子! いくらなんでも飲みすぎですよ」
そう言う李ばあやに、黛玉や宝釵と楽しんでいる宝玉がやすやすとうなずくはずがない。宝玉は下手にでながら懇願した。
「乳母さま! お願い。あと二杯で終わりにするから!」
李ばあやは言った。
「もっと気をつけないと! 今日はお父さまが家にいるから勉強のことをお尋ねになるかもしれませんよ」
この言葉を聞いて、宝玉は杯を置き、うつむいた。すかさず黛玉が言う。
「興を削ぐようなことを言ってはだめよ。舅舅に呼ばれたら、おばさまに引き止められていたって言えばいいじゃない。この『お母さん』はこの人がお酒を飲むと、私たちまで捕まえてお小言を言うんだから」
そう言いながら、宝玉をそっと肘でつつき、けしかけながら耳もとでささやいた。
「あんな老いぼれ放っておいて、私たちは私たちで楽しみましょう」
李ばあやは黛玉の気持ちに気づかずこう言った。
「林の娘さん、あんまり肩を持たないで、むしろたしなめてください。あなたのおっしゃることなら、あの子も少しは聞くかもしれないから」
黛玉は冷笑して言った。
「誰が肩なんか持つものですか。それに私がたしなめる筋合いもないわ」
そう言い捨てると、さらに続けた。
「だいたい『お母さま』こそ気を回しすぎよ。ふだん老太太だってたっぷりお酒を飲ませているじゃない。おばさまのお宅でほんのちょっとお酒を飲むくらい差し支えないはずよ」
「そんな……」
李ばあやが言いよどむのにもかまわず、
「まさか薛のおばさまをよそ者だと思って、ここでお酒を飲むのは無作法などと考えておられるわけではないでしょうね」
李ばあやはそれを聞いて、呆れ半分、おかしさ半分で言った。
「まったく林の娘さんときたら、口から出る言葉が刃物のように鋭いんだから」
宝釵もこらえきれず笑いながら、黛玉の頬をつまみ、こう言った。
「まったくこの顰め娘ときたら、憎たらしいやら、可愛らしいやら」