第八回 10
「私の目を盗んでお酒を飲んだ日がありましたね。あなたが喜びさえすればいいという輩が見境なくお酒を飲ませたから……、そのせいで私が二日間も怒られたではありませんか!」
そう叫ぶと今度は薛のおばさまの方へ向きなおる。
「薛の太太はご存じないのです。この子がどれだけ悪い子か。お酒が入るとなおさら手がつけられなくなるんですから」
李ばあやは目尻に滲んだ涙をぬぐった。
「老太太がご機嫌の良いときはお酒をたくさん飲ませて、それ以外はお酒は一切飲ませるな、と言われる。あちらこちらに気を遣わされて! 馬鹿馬鹿しいったらありゃしない!」
薛のおばさまは笑いながら言った。
「頭も古いばあさん。心配せずにあなたもお飲みなさい。飲みすぎはこの私が許しませんから。もし、老太太に何か言われたって私がいるわ」
そう言いながら小丫鬟に命じて、
「おばあさま方にも飲ませてあげなさい。寒さが紛れるでしょうから」
と言うのを聞くと、李ばあやはしぶしぶみんなと一緒に酒を飲んだ。
その様子を見ながら、宝玉は言った。
「あ、僕のお酒は温めなくていいよ。冷たいお酒の方が好きだから」
薛のおばさまは慌てて言った。
「それはだめよ。冷たいお酒なんか飲んだら、字を書く方の手がぶるぶる震えちゃうわ」
宝釵は薛のおばさまを横目に見ながら微笑んで言った。
「宝くんったら、毎日いろんなことを学ばれているはずなのに、酒が一番熱を持っているってことを知らないのね。熱い酒を飲むと体の熱が早く発散するけれど、冷たい酒を飲むと体の中にこもって五臓に熱を加えるから体に悪いのよ。冷たい酒なんて飲まない方がいいわ」
宝玉はその言葉に「理」があると思い、思わず杯を置き、いったん温めるように命じた。
黛玉はひまわりの種をつまみながら、ただ口もとを押さえて笑っていた。ちょうどそこへ、小丫鬟の雪雁がやって来て、黛玉に小さな手あぶりを差し出した。
「あなたに手あぶりなんかを持って来させたのは誰? ありがたいことだわ。私が凍え死んじゃうとでも思っているのね」
雪雁はおびえながら言った。
「し、紫鵑姐姐が姑娘がお寒いといけないと思われて私に持たせたんです」
黛玉もそれを受け取って胸に抱きながら言った。
「あなたったらずいぶん素直に言うことを聞くのね。私が言うことなんていつも右から左に受け流すくせに。誰かさんから天子さまの聖旨でも授かったのかしら!」
雪雁は今にも泣きそうになってしまう。不承不承に酒を飲んでいた李ばあやが、ため息をつきながら雪雁に耳打ちをした。雪雁の涙がじわじわひいていく。
宝玉はこの言葉を聞き、黛玉が自分をからかっているのだと察したが、言い返す言葉もなく、ただくすくすと二度ほど笑っただけだった。宝釵も黛玉がひねくれているのを承知しているのでかまおうとはしない。