第八回 9
その声もまだ終わらぬうちに、黛玉がふらふらと入ってきて、
「あらら、お邪魔だったかしら」
と言った。宝玉と丫鬟たちは急いで立ち上がり、笑いながら席をすすめた。
宝釵はその一連の様子に笑いながら、
「そんな言い方をなさらなくても」
と言った。黛玉も笑いながら言う。
「この人が来ているのを知っていたら、私は来なかったわ」
宝釵は言った。
「どういう意味?」
「一日に一人が来れば十分だと思ったからです」
宝釵はなおも首をかしげる。
「ある日は大勢で押し寄せる。ある日は潮が引いたように誰も来ない。どちらもきっとお嫌でしょう?」
「そんな……」
宝釵が言いかけるのにも構わず黛玉は続ける。
「今日この人が来たら、明日は私が来る。こんな風に間を開ければ、いつも誰かが来る、ということになるでしょう? そうすれば騒がしくもないし、寂しくもないですよね」
「そういう問題では……」
「姐姐、そんなこともお分かりにならないの?」
そう言われて、宝釵は黙りこんでしまう。
冷たい静けさの中、宝玉は黛玉が真紅のつやつやとした羽緞の褂子を羽織っているのを見て、
「雪が降ってきたの?」
と言った。黛玉が答えないので周りの者が慌てて、
「少し前から、雪が落ちてきております」
と言った。宝玉は、
「私の斗篷を持ってこれる?」
と尋ねる。そこに黛玉が間髪入れず、
「そうよね。私が来ちゃったんだから、当然お帰りになるべきよ」
とこぼした。宝玉は笑って、
「僕は帰るなんて言ってないよ。ただ聞いてみただけさ」
李ばあやが横から言った。
「雪がこれからも降るのなら、いずれにせよこちらでごゆっくりなされては? おばさまからお菓子をご用意されています。私が斗篷を持ってこさせますから、お駄賃に配ってもよいでしょうか?」
宝玉はうなずき、李ばあやは外に出て行った。
薛のおばさまは手のこんだお茶菓子を用意して、一同にお茶をすすめた。
談笑していく中で、自然今日の寧府行きの話となり、その流れから、
「いつか珍のおばさまが作ってくれた鵝の足や鴨の舌の料理はおいしかったなぁ」
「あら! 気が利かなかったわ」
そう言うと、薛のおばさまは慌てて隣室へ自分の作り置きを取りに行き、言った。
「ほら、ほら。私のも食べてみて」
そう薛のおばさまがすすめたので、宝玉は一口味見し、言った。
「うん、これはお酒のおつまみにぴったりだね」
「あら、そう?」
薛のおばさまの顔がぱっと明るくなり、
「ほら、何しているの? うちで一番いいお酒があの窓の下の戸棚のところにあったでしょう。もってきなさい」
と歌うように言って、丫鬟に持ってこさせようとした。
すると、李ばあやが前に進み出て、
「薛の太太、お酒はご勘弁ください」
と言った。宝玉は懇願するように、
「乳母さま、一杯だけならいいでしょう?」
と言ったが、李ばあやは断固として、
「まったく、あなたときたら。老太太や王の太太が見ていらっしゃるところなら、一甕でもお飲みなさい。でも、それ以外ではね。あのときのことを私は忘れておりませんよ!」
そうぴしゃりと言ったので宝玉は肩をすくめた。